- 受賞作:
- 『燃える氷華』(「警察官の君へ」改題)
- 受賞者:
- 斎堂琴湖(さいどう ことこ)
- 受賞者略歴:
- 1968年10月13日、埼玉県生まれ。現在、埼玉県所沢市に在住。会社員。
- 選考委員:
- 月村了衛、辻村深月、湊かなえ、薬丸 岳
- 選考経過:
- 応募188編から、2次にわたる選考を経て、最終候補4編に絞り受賞作を決定。
受賞の言葉
新人賞
斎堂琴湖(さいどう ことこ)
学生時代から小説を書いていました。
教室で回覧したり、文芸部の友人たちとわいわいやっていた頃から、いつか作家になれるといいなと思ってきました。
なれるといいなは、なりたい、なる、と移りかわったものの、投稿作はいつも受賞には一歩も二歩も及ばず。正直、今まで書いた作品だけで一大コレクションができそうです。
今回、日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞させていただいたことで、夢がやっと現実になり、これまで目標だった場所が新しいスタート地点になりました。
選考委員の先生方をはじめ、選考に携わったすべての皆様、いつも背中を押してくださった友人知人の皆様、本当にありがとうございました。皆様のお蔭でこの場所に立つことができました。
まだ足りないものばかりの自分の作品ですが、少しでも読者の皆様にいいものを読んでいただけるよう、これからも書きつづけていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
選考委員【選評】(50音順)
新人賞選考委員、左より薬丸岳氏、湊かなえ氏、月村了衛氏。
選考委員の辻村深月氏は、今回はリモート参加。
月村了衛
今回は『揺れる三つ葉』と『警察官の君へ』の評価が拮抗していた。『揺れる三つ葉』は法曹ものでありつつも本格ミステリをやろうとしている点が評価できる。うまくまとまっているのだが、全編にわたって説明に終始している、会話が続きすぎる上に発言者の個性がない、といった欠点も多く認められた。いずれも小説技法の基本であるので、それらを着実に習得していってほしい。
『警察官の君へ』は、過去の事件についての提示が遅すぎるため、人物の葛藤が描けない、サスペンスが弱くなってしまうという弊害が気になった。しかし盛りだくさんの内容をやろうとしている意欲を評価する声もあり、私も贈賞に賛成した。斎堂さん、おめでとうございます。
『無邪気な犯罪者』は、作者が自らの専門知識を活かそうとしているのは理解できるので、もう少し読者のことを考える客観性を獲得できるといいのではないかと思った。例えば、命を狙われた主人公がそのことを警察に言わない、といった行動はとても不自然で、それを納得させるためには相応の世界観を構築しておく必要がある。必要な伏線等がないのも気になった。
『思い出爆破計画』は、まず文章が達者でその点は評価できる。しかし、読み始めてすぐに「これはカテゴリーエラーではないか」と感じた。つまり、ミステリではなく青春ファンタジー作品として構築されていれば評価する読者もいるのではないか、ということである。人物像が不自然であり、謎の提示が遅い。しかもその謎があまり魅力的とは言い難い。ミステリの定義を狭めたくはないのだが、それでもやはり日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作として世に送り出すのは躊躇せざるを得なかった。
いずれの候補作も「描写ではなく説明である」という共通の弱点があり、そのことの意味を理解できればさらなる進展が望めると思う。今後の奮励に期待します。
辻村深月
受賞作『警察官の君へ』は、扱われる事件が大きく、ミステリとして構成をひねったものに見せようという気概を感じ、好感を持った。主人公が抱える葛藤についても人物を丁寧に作り込んでいるが、私が何より魅力を感じたのは、この著者だからこそ書ける危うさや歪さのような部分だ。たとえば、「子どもが邪魔だから殺してもらった」と語る人物が出てくる。読者に飲み込みにくいこの心情が、この作品だからこそある種の説得力を持って迫ってくる。きれいな形の動機や事件の形を目指したら決して出てこないであろう場所に、おそらくは無自覚に伸ばすこの筆の力を才能と呼ぶのだろう。デビューしたこの先、ご自分の武器が何かということを存分に探していかれることを期待しています。
『揺れる三つ葉』も最後まで議論の対象になった。昨年に続き、この方の作品を読むのは二度目だが、 格段に小説が巧くなっている。本格ミステリのセオリーを押さえた文章の演出も抑制が利いていて好み。だからこそ、昨年と同じ主人公コンビ、同舞台を選んでしまわれたことが惜しい。思い入れを捨て、まったく新しい一作を描かれたなら、見方がまた変わったかも。また、作中の女性たちへの胸や足に言及する描写やからかいは令和のミステリに必要だったのか、選考の場で指摘が複数あったこともお伝えしておきたい。
『無邪気な犯罪者』は、サブタイトルに「象牙の塔の人々」とあるように、この著者だからこそ知り得る世界のディテールに満ちた導入から期待を持ったが、せっかくの知識と事件の内容に乖離が見られるのが残念。次はこの知識をいかに有機的に事件に絡め、小説につなげるかに心を砕いてほしい。
『思い出爆破計画』。主人公がどうして他者の事情にそこまで進んで巻き込まれていくのか、説得力が乏しい。主人公の興味=読者の興味と思って、どんな理屈で読者をこの世界に引き込むか、工夫してみてほしい。また、この賞から送り出すにはやはり事件と謎が必要。
湊かなえ
『警察官の君へ』主人公が乗り越えなければならない過去を背負っていること、物語に牽引力があるところがよかったです。おめでとうございます。
『揺れる三つ葉』この作品に一番高い点数をつけました。司法修習生を主人公に、弁護士、検察官、裁判官、それぞれに主軸をおいた連作短編だけでなく、全体を貫く謎もあり、優れた構成になっています。瑕疵が少ないという点では、完成度の高い作品だと言えます。最後、わずかに足りなかったもの。物語としてのおもしろさ、ではないかと私は思います。どの短編も内輪ネタのような謎で、犯人の予測もすぐにつきました。主人公がベテラン弁護士をヨイショするだけの役どころにしかなっていないことも残念に思いました。若い刑事がとった行動も、場当たり的なものが多く、冤罪への恐怖心を感じることができませんでした。人物描写は男女ともに、体型等の外見を強調するのではなく、内面から出る言葉や行動で表現した方が作品により立体感が出るはずです。ぜひ、新しい作品を読ませてください。
『無邪気な犯罪者~象牙の塔の人々』この作品も内輪ネタで終わっていると感じました。自分がよく知る世界は、武器になる反面、そのまま使ってしまうと、読者をおきざりにする要因となってしまう場合もあります。何も背負っていない主人公が根拠の乏しい万能感で事件に首をつっこむという展開も、好感をもつことができませんでした。30代の女性をキャリアを重ねてきた作者がその視点のまま描いているからではないでしょうか。
『思い出爆破計画』中学生が夜中に自転車をこいで見知らぬ街に辿り着く、という設定は大好物です。しかし、説明的な場面が続き、登場人物の姿が一人も立体感を伴わないまま、文字を追いかけただけで終わってしまいました。主人公と死んだ友だちの関係性はどういうものだったのか。読者の想像に委ねるにも、想像を促す最低限のエピソードが必要です。
薬丸 岳
『思い出爆破計画』物語の本筋に関係のない説明がやたら多く、読むのに疲弊した。様々な情報があふれている割には主人公の背景についてほとんど語られていないので、彼の目的や葛藤が最後までよくわからなかった。情報で小説を作るのではなく、物語の展開や魅力的な謎や登場人物の感情や行動などにもっと思いを寄せてほしい。
『無邪気な犯罪者』文章にテンポがあり、主人公も行動的でなかなか魅力があり、また物語に大きな破綻もなく、ミステリーとしてそれなりに楽しめた。ただ、展開はだいたい想像がつくので大きな驚きは得られず、特に最後の黒幕の動機が腑に落ちず、その犯行の解明の仕方もいささか拍子抜けした。最後の展開にもっと工夫と盛り上がりが欲しかった。
『警察官の君へ』こちらもテンポのいい作品で、ドラマチックな要素もあり、個人的に好きな作品だった。ただ、後半の窪を追っていくあたりからクライマックスまでの展開がちょっとご都合主義に思えた。以前の応募作でも感じたことだが、この作者は事件やキャラクターを作り過ぎるきらいがある。
『揺れる三つ葉』司法修習生の若い女性が弁護士、裁判官、検察官のもとで修習する中でそれぞれ事件があり、最後にひとつの謎に収斂していく構造はアイデアとして秀逸だと思った。ただ、主人公である実帆が終始受け身の立場だったのが自分には残念に思えた。司法修習生でできることにかぎりはあるだろうが、やはりこの物語の主人公なので、せめて最後の謎は実帆に自力で解いてもらいたかった。こちらの作者と『警察官の君へ』の作者は以前も最終選考に残られたかたで、今回の作品は前作に比べて大きな進歩が見られた。それぞれ魅力的な点も弱点に思える点もあり、どちらの作品を受賞作とするかで最後まで悩んだが、最終的に『警察官の君へ』を自分が選んだ一番の決め手は、主人公と物語の躍動感にあったと思う。
最終選考候補作
予選委員7氏=円堂都司昭、佳多山大地、杉江松恋、千街晶之、西上心太、細谷正充、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ予選を通過し最終選考に残る作品を以下の4作品に決定(候補者50音順)。
- 「揺れる三つ葉」
- 伊藤信吾
- 「無邪気な犯罪者~象牙の塔の人々」
- 柏村 純
- 「警察官の君へ」
- 斎堂琴湖
- 「思い出爆破計画」
- 村井なお
応募総数188編から、1次予選を通過した21作品は下記のとおりです(応募到着順)。
- 「沈まぬ砦」
- 吉原啓二
- 「孤独なデネブ」
- 市岡 真
- 「ノイズキャンセラー」
- 槙島 聖
- 「死のA判定」
- 槍坂級馬
- 「思い出爆破計画」
- 村井なお
- 「キラーB」
- 才川真澄
- 「弱者か強者か、あるいは賢者か」
- 島丘 空
- 「警察官の君へ」
- 斎堂琴湖
- 「ウィッチクラフト殺人事件」
- 相羽廻緒
- 「楽園のプリズナー」
- 相羽廻緒
- 「無邪気な犯罪者~象牙の塔の人々」
- 柏村 純
- 「揺れる三つ葉」
- 伊藤信吾
- 「私が生きた証」
- 坂本論語
- 「身代わり スタンドイン」
- 松坂逸馬
- 「自分で復讐してはいけません」
- 友広真二
- 「見果てぬ楽園」
- 山本純嗣
- 「未登記物件と地面師」
- 遠野有人
- 「ヴィランキラー・キラー事変」
- 十野康真
- 「赤い海のスパイ」
- 稲葉之人
- 「降崎町騒乱」
- 佐藤鈴木
- 「メビウスの雨」
- 荒金新也
【予選委員からの候補作選考コメント】
円堂都司昭
応募作を読み、感じた点を書きます。
まず、日本ミステリー文学大賞新人賞は、ミステリー小説を対象にした賞です。でも、なかには、小説としてはよくできているのにミステリー色が薄い、ミステリー的な趣向がむしろ余計に思えるといった作品も交じっている。もったいないです。自分はどんな傾向の小説があっているのか、執筆や応募の際、もう一度考えてください。
また、ミステリーとしての発想はよくても、他が手薄になる例もあります。キャラクターは区別がつくように書き分けられているか、複雑な経緯の説明ばかりで心理描写がおろそかになっていないか、人物の行動に無理はないかなど、気を配ってください。特に、自分とは違う性、異なる世代の人物に対し、男/女とは、若者/老人とはこういうものだという先入観だけで書くのは避けましょう。自身の価値観は古くなっていないか、現実とズレていないか、省みる姿勢が大事です。
佳多山大地
予選委員の任も今年で5度目。抑圧的な日々の続いたコロナ禍もいちおう収束し、4年ぶりに東京で対面での予選会に臨めたことが嬉しい。やっぱりリモートのときより、自分の“推し”を推し続ける粘り腰がちがってきます。
――さて。今回の1次選考通過作のなかには、広い意味で国際謀略物と呼べる作品が複数ありました。が、現在最新の国際情勢が反映されておらず(リライト作品なら、なおさらアップデートしていなくては)、近い過去を背景に人物を動かすのはむしろ古びた印象を強めます。この手の作品は「鮮度が命」とまず心がけを。
また、最終候補を決める議論の俎上から最後にこぼれ落ちた常連投稿者さんの作品は、本賞の応募規定枚数ではとても書ききれない内容・構想に挑んだものでした。多くの文献に当たられて出来た骨太なプロットに圧倒されつつも、登場人物の肉付けが不充分だとの判断に至った次第。作家デビューが叶ったあとに、分厚く仕立て直してほしい。
杉江松恋
冒頭の設定を思いつく。真相とそれにつながるドンデン返しができる。よし、書こう。
そんな感じで書き始めているのではないかな、と思う作品が今年も多かったように感じました。その設定だと、人々はどういう生活を送っていて、互いにどんな利害関係があるんだろうか、というところまで落とし込んでいかないと物語には説得力が生じない。また、結末の意外性は、そこに辿り着くまでの筋道に論理性があってこそ得られるもので、いきなりぶつけられても唐突なだけだと思うのです。どこかで読んだような話、というのは幸いにして少なくて、独創性の高い作品が多かったように感じました。ただ、ひとりよがりでもありました。このキャラクターならこういう話になるでしょう、と頷けるのはごく一部で、なんでこの話にこんなキャラクターなの、と首をひねるほうが多かった。プロットと主人公の行動動機が不可分であるくらいの、強いキャラクターが新人賞応募には求められるはずです。
千街晶之
今回、事件が起きるまでに枚数を費やしすぎている原稿が複数あった。「日本ミステリー文学大賞新人賞」である以上、読者はミステリーを読みたくて手に取る筈である。読んでも読んでも事件が起きないし謎らしい謎も出てこない話が、読者に歓迎されるわけがないということは心得ておいてほしい。逆に、冒頭で起きる事件はユニークなのにその後の展開が単調な原稿もあって、それはそれで困ったものだと思うのだが。
これは二次選考を通過した作品にも見られたミスだが、「警察官は、自分の家族が関係している事件の捜査には参加できない」などの常識は押さえておいてほしい。既にプロになっている先輩作家たちの作品をある程度読んでいれば、そうした常識は自然と身につく筈である。他に大きな長所のある原稿ならばその程度のミスは大目に見てもらえる場合もあるが、あらかじめ直せるミスなら直しておくに越したことはない。
西上心太
純然なフィクションである小説も、何らかの形で現実社会の影響を受けています。江戸の世が舞台となる時代小説であろうと、未来を描いたSFであろうと、人工的な意匠に覆われたミステリーであろうと変わりはなく、それから逃れることは……たぶんできません。
小説の中では、どんなキャラクターを創造するのも作者の自由であり、その権利は担保されています。快楽殺人鬼であろうと、人種差別主義者であろうと、ミソジニーを隠そうともしない者であろうと、物語を描く上での必然であれば、それは赦されます。
さらに肝心なことは、あなたの作品を読むのは、現在の、そして未来の読者たちであるということです。当たり前ですが、古い社会常識に搦めとられていた(かもしれない)、過去の──すでにこの世にいない──読者はあなたの作品を読むことはできません。
現在の読者は、現在の社会常識を尺度に、あなたの作品に向かい合います。登場人物ではなく、彼らを描くあなたが無意識に発露する、いまの社会常識にそぐわない「なにか」を作中から読みとり、感じとって拒絶することもありえます。
新人賞に応募するあなたも、それを選別する側にも、常に社会常識のアップデートが必要なのです。自戒も込めて。
細谷正充
警察小説、青春ミステリー、謀略小説、ふたつのジャンルを組み合わせた作品、リーガル・ミステリー、パズラー、特殊設定ミステリー……。今回の二次選考に残った二十一作は、バラエティに富んでいた。作品の多様性がジャンルを活性化することを思えば、なかなか頼もしいことである。新人賞の傾向と対策を考えるのも結構だが、まず自分の書きたいことを書くことが最優先であるべきだ。
とはいえ、自分の作品を客観的に捉えることも必要である。今回も応募枚数の限界まで書いている作品が少なからずあった。量は質を担保しない。物語に必要な長さを見極めてほしい。
また物語の内容と、舞台になっている時代に齟齬を感じる作品もあった。扱っている題材はいいのに、現代とは思えないほど、人物の言動などが古臭い。昭和を舞台にしたら、もっと面白くなったのではないのかという意見が多かった。そういう部分にも注意するようになれば、もっと優れた作品になることだろう。
吉田伸子
応募作品全体に、女性の書き手が増えたこと(前回の1.5倍)は、同性として嬉しいことでした。また、インターネットからの投稿受付を反映してのことなのか、20代、30代の若い書き手が増えたことも、嬉しい驚きでした。
今回、二次選考に残った作品には、他の賞に応募した作品を改稿したもの、いわゆるリライト作品が何作かありました。リライト作品が、新作に比して(選考上)分が悪いとか、そういうことはありません。あくまでも作品の出来だけで選考されます。
ただ、改稿作品で応募するのであれば、何故、以前に応募した賞に及ばなかったのかということを、今一度問い直すことが求められます。自分の作品には何が足りなかったのか。トリックが脆弱だったのか? 登場人物の造形が弱かったのか? 構成は的確であったか? そういったことを、客観的な目で見ることが必要です。そのあたりを踏まえて、作品をブラッシュアップしていただければと思います。