- 受賞者:
- 今野 敏(こんの びん)
- 受賞者略歴:
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1955年9月27日、北海道三笠市生まれ。上智大学文学部在学中の1978年、「怪物が街にやってくる」で第4回問題小説新人賞受賞。初の単行本は1982年の『ジャズ水滸伝』(改題『奏者水滸伝 阿羅漢集結』)。以後、『東京ベイエリア分署』(改題『二重標的(ダブルターゲット)』)等の警察小説、格闘技小説を経て、1994年の伝奇小説『蓬萊』で注目を集めた。
およそ30ものシリーズを精力的に描き分け、ノベルスブームの一角を支える。そして2006年、『隠蔽捜査』で第27回吉川英治文学新人賞を受賞、その才能が大きく花開いた。シリーズ第2作『果断 隠蔽捜査2』では第21回山本周五郎賞と第61回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)をダブル受賞('08)。さらに2017年、「隠蔽捜査」シリーズで第2回吉川英治文庫賞を受賞。
2010年の解散まで日本冒険作家クラブ代表幹事を務めあげ、2013年~2019年は日本推理作家協会代表理事(2013年は「理事長」)。なお、1999年より空手道今野塾を主宰、ロシアにも支部を置く。
- 選考委員:
- 赤川次郎、綾辻行人、逢坂 剛、佐々木 譲、東野圭吾
- 選考経過:
- 作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
受賞の言葉
大賞
今野 敏(こんの びん)
エド・マクベインの「87分署シリーズ」、マイ・シューヴァルとペール・ヴァールーの「マルティン・ベック・シリーズ」、コリン・ウィルコックスの「ヘイスティングス警部シリーズ」。このような警察小説のシリーズが日本にもあったらいいのに。そういう思いで、ひたすら書き続けてきました。
今では、日本のミステリーの世界でも警察小説がしっかりと市民権を得たように思います。私が警察小説を書きはじめたときと比べると、隔世の感があります。
今回は、私がというより、日本の警察小説が賞をいただいたのだと思っています。そういう意味でも、たいへん光栄だし、とてもうれしく思います。
ミステリーのために、私は何ができたか、またこれから何ができるかわかりません。今後もただ書きつづけるだけです。
選考委員【講評】(50音順)
大賞選考委員、左より綾辻行人氏、赤川次郎氏、逢坂剛氏、東野圭吾氏、佐々木譲氏。
赤川次郎
四十数年に及ぶキャリア。まず、その堅実な歩みこそ、今野敏さんに今回ミステリー大賞をさしあげる第一の理由である。
加えて、現在のミステリ界の主要分野の一つである「警察小説」の、いわばパイオニアとしての業績。
そして、日本推理作家協会代表理事をはじめ、ミステリの隆盛に尽力されて来たことも高く評価されなくてはならない。
また、今野さん個人としては、空手道今野塾を主宰されるという面にも力を注がれていることだろう。考えてみれば、骨太な「今野ミステリ」の構成力は、少なからず空手道の達人としてのエネルギーによるところがあるのでは、とは、武道の素人の勝手な推測だが。
ともかく、まだまだ働き盛りの受賞者を出せたことに喜びを覚えている。
綾辻行人
今野敏さんの名前が挙がって推す声を聞いて、迷わず賛同した。
一九七八年のデビューから現在に至るまでの長年ずっと、広義の「ミステリー」から離れることなく数多くのエンターテインメント小説を一線で書きつづけてこられた。SF、アクション、伝奇……と、そのジャンルは多岐にわたるが、とりわけ今世紀に入ってからの、「隠蔽捜査」シリーズを代表とする警察小説群の充実は素晴らしい。――などと、十年近くも後輩の自分がこのように語ること自体、ひどくおこがましい気がする。
今野さんとは幾度か、新人賞の選考をご一緒した経験がある。みずからの小説観や好みをきちんと表明しつつも、それに囚われすぎることなく各作品と向き合う紳士的な姿勢に「ミステリー文学」全般への大きな愛情が感じられ、とても頼もしく思えたものだった。
今野さん、おめでとうございます。
逢坂 剛
今野さんは、いわゆる武道家のイメージにそぐわぬ、穏やかな常識人である。その一方で、いかにも武道家らしい凛としたたたずまいがあり、文筆家らしからぬキケンな雰囲気を、漂わせることもある。こういった人物はどっちつかずに終わるのが通例だが、今野さんはみごとに二つの世界において、一家をなした。しかも、露骨にキラキラ光る目立ち方ではなく、いぶした銀のように渋く、しぶく輝く人なのである。こういうタイプの文武両道の文筆家は、まずもってほかに思い当たらない。今野さんは、いわゆる警察小説がブームになり、ミステリーの一ジャンルとして定着する以前から、この分野を辛抱強く開拓してきた、ねばり強い作家の一人でもある。その意味で、今野さんは今後も日本のミステリーを、先頭に立って牽引していく作家の一人だし、またそうでなければいけない人だ、と思う。この上はぜひ、野球にも強い(!)武道作家になってほしい、と願う。
佐々木 譲
第二十七回日本ミステリー文学大賞は、今野敏さんにお贈りすることと決まった。
ミステリーの世界に於ける今野さんの業績については、いまさら選考委員としてわたしがご案内することもなく、とくに警察小説のジャンルでその仕事ぶりは傑出している。今野さんの仕事について、わたしが何かを言葉にするのも、立場が逆ではないかという思いを禁じ得ない。それでも書けば、今野さんの警察小説は、現代の組織人、公務員という職業人としての警察官の物語として際立っており、今野さんは長いキャリアにわたってそのジャンルを洗練させてきた。
さらに今野さんは業界の雑事諸事を率先して引き受けてこられて、ミステリーという文芸ジャンルのみならず、出版文化全体への、いわば手弁当での貢献についても、選考でわたしが意識したことであった。
ともあれ今野氏の長年にわたる創作活動全般に対して、日本ミステリー文学大賞をお贈りします。今野さん、おめでとうございます。
東野圭吾
私がデビューした頃は小説誌が花盛りで、毎月どっさりと届いたものだ。それらすべてに目を通すのは無理だが、目次などを眺めていれば、現在どういう作家が活躍しているのかがよくわかった。それらによって初めて名前を知る作家もいた。
今野敏さんもその一人で、自分よりも若い年齢でデビューしていると知り、少し驚いた覚えがある。手がけるジャンルは、ミステリ、SF、バイオレンス、伝奇、オカルトといった具合に幅広く、まさにエンターテイナーだ。だがその多才ぶりが、作家として注目されるには逆効果だったかもしれない。今野さんの名前が業界内で存在感を示し始めたのは、優れた警察小説の書き手として認識されてからだ。同時に警察小説というジャンルそのものにも光が当てられるようになった。その功績はミステリの歴史を振り返った時、無視できない。日本推理作家協会の理事長と代表理事、両方の肩書きを背負った唯一の人でもあり、このたびの授賞は当然のことだと思う。