- 受賞作:
- 『青い雪』
- 受賞者:
- 麻加 朋(あさか とも)
- 受賞者略歴:
-
1962年1月31日東京都豊島区生まれ。現在、東京都板橋区在住。主婦。
- 受賞作:
- 『クラウドの城』
- 受賞者:
- 大谷 睦(おおたに むつみ)
- 受賞者略歴:
-
1962年東京都生まれ。現在、北海道在住。会社員。
- 選考委員:
- 有栖川有栖、恩田 陸、辻村深月、薬丸 岳
- 選考経過:
- 応募132編から、2次にわたる選考を経て、最終候補4編に絞り受賞作を決定。
受賞の言葉
新人賞
麻加 朋(あさか とも)
「小説書いてみたら?」夫の一言が始まりでした。
本はずっと私の心の真ん中にありました。でも自分が書けるとは考えてもみませんでした。
ところが大発見。「私、書くこと好きかも」。思い悩むことも含めて、創作している時間がとても楽しかったのです。
2017年、完成した長編小説を「日本ミステリー文学大賞新人賞」に応募したら、一次予選を通過しました。小説の書き方としては間違っていないよ、と認めていただけた気になって新たな作品にチャレンジ。2019年、2020年と二作続けて最終候補に残りましたが、残念ながら願いは叶わず。
そして今年、夢見ていた瞬間が訪れました。
選考委員の先生方、予選委員の先生方、選考に関わってくださった全ての皆様に心よりお礼申し上げます。書くことを勧めてくれた夫、幼い頃毎週図書館に連れて行ってくれた母、応援してくれた子供達にも感謝です。
今後も物語を紡ぎ続け、皆様に届けられたなら、それが一番の喜びです。
新人賞
大谷 睦(おおたに むつみ)
小説のキャラは時に、生きている人よりも生きている。
時々、私は金田一耕助になる。プロの酔っ払いになり「この世には不思議など何もないのだよ」と嘯いたりする。
現実と空想を行き来するうち、自分で書きたくなった。執筆にのめり込んだ。
本作は2020年夏、コロナ禍の閉塞期に書き始めた。今までの作品とは全く手応えが違った。想造した世界線で、キャラたちは現実以上に生きて、血を流し、死んでいった。私にも覚悟ができた。キャラたちを最後まで見届け、物語を終わらせるまでは死ねない。パンデミックの中、必死に書き続けた。
今年春に完成させたとき、かつてない達成感、カタルシスを得た。自分は今、真に小説を書き上げたと思った。
本作を見いだしてくれた方々、選考委員の先生方に、心から感謝を申し上げます。
読者の皆様へ。今の私にできる全てを、全身全霊を込めて、書き上げました。この物語が、あなたの心に何かを残せますように。
選考委員【選評】(50音順)
有栖川有栖
『青い雪』と『クラウドの城』のいずれを受賞作にするかで意見が割れ、最終的に全委員が同時受賞に賛成した。
『青い雪』は、ある邸宅から五歳の少女が忽然と姿を消した事件に、居合わせた中学生四人が数年の歳月を経て引き込まれていく。手掛かりや証拠の入手の仕方にもうひと工夫あれば、と望みたいところだが、よい意味で登場人物たちを使い切っており、込み入った事件で読者を翻弄する。タイトルの意味が判る瞬間もいい。
『クラウドの城』は、冒険小説・ハードボイルドに本格ミステリの要素(密室殺人・犯人捜し)が絡み、情報小説の要素もある。絵になるシーンも多く、エンターテインメントに徹しようとする作者の心意気が伝わってきた。新しさという面では舞台設定の他にあまりないのだが、様々な工夫によって面白く読ませる力を感じた。
受賞者の麻加朋さん(候補作になって三度目で届いた栄冠)、大谷睦さん、おめでとうございます。どんどん腕を上げながら突っ走ってください。
他の二作について。
『人間たちにはわからない』は、社会を震撼させた殺人鬼四人に共通点があり……で始まる設定はいいのだが、そこから面白い物語が展開せず、着想が小説にまとまらないまま書いてしまったように感じた。ディテールが描かれていないのもまずいし、人を操るという行為が、できる人にはできる、と言わんばかりなのも納得しかねる。
『茨姫は電気兎の夢を見る』も、この着想から面白そうな物語が生まれそうなのに、ストーリーが痩せている。最初から最後まで一本調子で、薄めの会話が続くのはアイデアが足りていないことが原因に思えた。人間とペット、AIの関係についても、もっと掘り下げてあれば、魅力的なあのシーンがさらに盛り上がったのでは、とも。
恩田 陸
『人間たちにはわからない』。この小説の本流は、なぜ四人の死刑囚が同じブランドの苺を食べて殺人衝動に駆られたか、だと思うのだが、早々に流れが消えてしまい、しかも「学者をからかうために刑務官が口裏を合わせた」という有り得ない真相。法律、心理学、経済学、いろいろトピックスらしきものは出てくるのであるが、支流・傍流ばかりで全体を貫く流れがない。タイトルの意味が不明。
『荊姫は電気兎の夢を見る』。ペットやペットロボットと人間の関係、家族とは何か、というテーマは今日的だし、クライマックスのビジュアルなどは面白いと思ったけれど、登場人物があまりにも類型的。ロボットの「ぺんた」がどう見ても魚住の腹話術人形にしか見えない。いったいどの程度の自律性がある設定なのかが最後まで気になった。
『クラウドの城』。国家戦略にも関わるデータセンターというものの内情が紹介されているのがとても面白く、情報小説として読んだ。描写にリアリティがあり、華のある書き手だと思う。しかし、構えの大きさの割には、トリックと思しき部分が他人のIDカードをちょろまかして一緒に入る、というもの。「これ、データセンターの情報を除いたら、あまりにも小さい話ではないか?」と気付いてしまい、推すのを躊躇してしまった。
『青い雪』。三年連続で応募してくださっている方で、着実にうまくなっている。プロットの面白さのみで全体を構成し、お話のうねりで読ませるところが素晴らしい。昨今の新人賞は時事ネタや業界物が主流であるが、この作品は十年経って読んでも違和感がないと思う。ただし、目新しいところはなく、この手の分野は競合相手が多い。オリジナリティを出していくのが難しいので、今後とも地道に精進してほしい。
辻村深月
『青い雪』を一番に推し、それに『クラウドの城』と『荊姫は電気兎の夢を見る』を加えた三作については、どれが受賞作となっても異存はない、という思いで選考会に臨んだ。
『青い雪』は、前半、著者が頭の中で作り上げた登場人物の設定や関係性をひたすら開示、開示、開示、という展開で進むため、それが設定の羅列のように読めてしまって、ミステリとしての伏線回収の喜びに乏しいと感じた。しかし、後半になると伏線を絡めての驚きのある事実がいくつか明かされ、真相として開示されるに足る謎が実は仕掛けられていたことに気づき、考えを改めた。主人公が最初に「捜査」した場所を別の人物がまったく違う感触で辿り直す場面は、小説に奥行きを与えていて、特によかった。
『クラウドの城』は読みやすく、展開も早い。謎も明確に用意され、データセンターという新しい「城」を舞台に読者を楽しませようという強い意欲が伝わってきた。しかし、犯人を特定する段になって「〇〇しかありえない」と明言されるほどの根拠を作中に見出すことができず、戸惑った。とはいえ、建築やクラウドに関する多くの情報を無理なく自然な形で物語内に配置する手腕は見事。
ともに、瑕疵はあるものの、それぞれの魅力が光る2作の同時受賞。この先に書かれる作品も楽しみにしている。
もう一作、『荊姫は電気兎の夢を見る』も、好きな作品だった。クライマックスの火事や、脱出直前のキス、ビル前に広がるロボットのジングルベルの同調に連なる見せ場が素晴らしい。ただ、登場人物の行動の多くがあまりに紋切り型で、主人公の被害者との関係や男嫌いからのクセについても、真に物語に必要であったかどうか、再考を促したい。
『人間たちにはわからない』。イチゴを食べて殺人鬼になる、という謎に魅力を感じたが、展開に説得力が乏しく残念。著者が最も伝えたい、膨らませたい点が見えてこなかった。
薬丸 岳
『人間たちにはわからない』最初に提示された謎はなかなか魅力的で、展開も意外な形で二転三転していき、筋立てとしては惹きつけられるものがあった。ただ、推理の過程がかなり強引で、リサーチも甘く、作品のリアリティーや説得力を削いでいるのが残念だった。実在する制度や組織や建物などについては、今書いている作品が将来刊行されて多くの人の目に触れるかもしれないという思いを持って、可能なかぎり調べ上げてほしい。
『荊姫は電気兎の夢を見る』コミカルな面も含めて読み心地がよく、個人的に好きな作品だった。ただミステリーとしては【誰が、どうやって、人間の身体を粉々にするほどの自爆装置を用意できたのか】や【どういった状況で柚の死がもたらされたのか】など、最終的に腑に落ちない点が散見された。また、主人公の美兎のキャラクターの作り過ぎも気になった。男嫌いの設定はともかく、大きな偶然をふたつ抱えてまで、腹違いの姉を用意する必要があっただろうか。
残る二作についてはどちらを一番に推すか選考会の直前まで(実は選考中も)悩んだ。
『クラウドの城』は、データセンター内での密室殺人というアイデアに、時代性のあるスケールの大きな話で途中まで夢中で読んだが、終盤で明かされた犯人に釈然としない思いを抱いた。たとえ余命わずかであったとしても、あれだけの大それた罪を犯す動機としてはあきらかに弱いと感じた。他にも諸々気になる点はあったが、それでも魅力的な舞台を用意してそれを描き切ったことを高く評価した。一方、『青い雪』は一見地味な作風で、不幸の連鎖や、一部類型的な設定が気になりながらも、主要登場人物ひとりひとりの心情を丹念に描き、感動できる物語を紡いでいく作者の力量を評価した。最終的にはわずかの差で『青い雪』を一番に推したが、二作とも受賞したことを個人的には喜んでいます。麻加さん、大谷さん、受賞おめでとうございます。
候補作
予選委員7氏=円堂都司昭、佳多山大地、杉江松恋、千街晶之、西上心太、細谷正充、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ決定(候補者50音順)。
- 「青い雪」
- 麻加 朋
- 「クラウドの城」
- 大谷 睦
- 「人間たちにはわからない」
- 黒澤主計
- 「荊姫は電気兎の夢を見る」
- 斎堂琴湖
応募総数132編から、1次予選を通過した21作品は下記のとおりです(応募到着順)。
- 「AIケイ1・0 人間のような私」
- 野々瀬康介
- 「殺しのあしながおじさん」
- 稲垣 影
- 「冤罪死刑囚の末路」
- 間宮 満
- 「三年の希望は……」
- 大塚 拓
- 「桃花源の夏」
- 宮代 匠
- 「人間たちにはわからない」
- 黒澤主計
- 「蛇なき夜に君を待つ」
- 川口 明
- 「君が口ずさむ歌を僕は知らない」
- 詠那 宙
- 「ナハトムジーク」
- 吉乃シマ
- 「断絶」
- 小川 結
- 「デュオ」
- 一ノ瀬 游
- 「荊姫は電気兎の夢を見る」
- 斎堂琴湖
- 「連続猟奇殺人鬼連続殺人事件」
- 夏目璃子
- 「新月を愛でる」
- 小里 巧
- 「青い雪」
- 麻加 朋
- 「証故品 ~特殊清掃人 小澄幸助~」
- 能条 空
- 「クラウドの城」
- 大谷 睦
- 「魔女の棲む館からの脱出」
- 三日市 零
- 「鯨の子」
- 玉川 透
- 「クレモナの匣」
- 安芸宗一郎
- 「Fの神罰」
- 伊藤丈太郎
【予選委員からの候補作選考コメント】
円堂都司昭
前半は面白くても、後半に失速する応募作が多いのです。
犯人が判明すると、共犯が多かったりする。協力する人がそれほど簡単にみつかりますか。実は彼らは血縁だった、実は因縁があったなど、狭いつながりで物語ができている例も目立つ。「実は」の偶然の連発は好ましくありません。作者にとって都合がいい人間関係を作りすぎると、読むほうはしらけます。物語を終わらせる時、安易な方法を選んでいませんか。また、終盤で話をただひっくり返すだけでは、ミステリーの意外性になりません。伏線がはられていなければ、小説が壊れただけ。
これらの欠点を克服するには、物語の全体を考え、原稿を読み直し、前半と後半のつながりかたやバランスを調整するしかありません。この修正を思いきりよくできなければ、たとえ改稿で再応募してもよい結果は出ないでしょう。最後の頁まで面白い原稿を待っています。
佳多山大地
予選委員の任も3年目の今回、いまだ収束せぬコロナ禍の影響から、最終候補作を決める予選会は2年連続のリモート開催に。昨年は諸般の事情で書面参加の形をとらせてもらいましたが、今年は大阪の自宅からZoom会議に臨むことができました。
さて、今回特に気になったのは、くだんのコロナ禍で不自由を強いられる日常生活のことです。19世紀末イギリスの社会風俗を知るにはドイルのホームズ物を読むのが一番だと言われることがあるように、大衆小説であるミステリーはその国でそれが書かれた時代を映す鏡の役割を果たしてきました。風俗小説としての一面を重要な評価軸とする者としては、〈現代〉を描きながらコロナ禍の困難をまったく無視していたり、あるいは“終熄後の近未来”に安易に逃げた作品のあったことが気になりました。他の新人賞レースで落選した作品のリライト応募も目立ちますが、もしそれが現代を舞台にした内容なら、昨年来のコロナ禍の状況を反映させた手直しがあるのが最低限の姿勢だと思います。
杉江松恋
最近の応募作を眺めて思うことは、ミステリー小説でありながら、謎解きという要素に無頓着な作品が多いということです。謎は、どのような論理によって解かれるのか。単に答えを示すだけでは不十分です。何を手がかりとして、いかなる過程を辿れば真相に至れるのか。それを書くことで読者の興趣を掻き立ててください。探偵の思考をブラックボックスにせず、どのタイミングで正答に至る道筋を発見したかを読み返せばわかるよう書くこと。これができている作品は皆無でした。
また、一作品に一つの着想では物足りません。謎には「WHO」「HOW」「WHY」のすべてが盛り込まれていることが理想ですが、難しい場合でも、副次的な要素で補うべきです。謎解きを盛り上げる主筋をそのような形で太くした後に脇筋で遊ぶようにしてください。現在の応募作は謎解きが脇筋になっているものが多すぎます。スリルやアクション主体の作品であってもこうした点は重要ですのでご注意を。
千街晶之
ミステリーの新人賞である以上、ミステリーとしての齟齬がないかどうか確認してから応募するのは当然だが、意外とおろそかになりがちなのが、ミステリーとしての仕掛けとはそんなに関わらない部分での設定の詰めである。ミステリーとしての出来映えが互角の原稿が二つあって、そのうち一つしか最終選考に残せない場合、あからさまなご都合主義や、矛盾した描写や、丁寧に説明すべきところを雑に書き流した箇所などがある原稿はどうしても不利になりがちだ。
ミステリーなのだからそれ以外の部分にはさほど力を入れなくていいという考え方もあるだろうが、やはり読者や選考委員に突っ込まれそうな瑕は、たとえ小さなものであってもあらかじめ取り除いておくのが望ましい。そのためには、〆切までに余裕を持たせて書き上げ、推敲の時間をとるのがいいだろう。早めに送っても〆切ギリギリに送っても、選考にはなんら影響がないのだから。
西上心太
たぶんプロの物書きがいちばん嫌いな事が、ゲラの訂正でしょう。原稿を出してホッとしたのもつかの間、編集者や校閲者から、誤字脱字はもとより、事実誤認、矛盾点などが赤字で指摘され、真っ赤になって戻されるのですから。それを訂正することで作品がより良いものになる。そんなことは本人だって分かっていますが、己の至らなさを突きつけられるのは辛いですよね。
でもプロはいいんです。応募する皆さんは作品を書き上げても、問題点を指摘してくれる人はいません。せっかく書き上げた作品です。もっともっと推敲し尽くしてください。必ず応募する体裁で印刷してチェックして下さい。字間はゼロに、行間は適度に。自ずから読みやすい印刷設定も身につくはず。二次候補の約三分の一はこの原則が守られていませんでした。小説講座を開いている作家が仰ってましたが、印字が速くコストが安いモノクロレーザープリンタは必需品です。
紙幅が尽きたので、最後に一つ。大きな嘘を作るミステリーに重要なことは、細部に宿るリアリティです。来期のご健闘をお祈りいたします。
細谷正充
今回の下読みをしていて感じたのは、物語の求める大きさと、原稿の長さの合っていない作品が多いということです。簡単に言うと、長すぎます。そのため間延びした展開や、余計なエピソードを入ることになり、作品の評価を下げています。もう少し物語自体の大きさを真剣に考えてほしいものです。この賞の原稿枚数の下限は、400字詰め原稿用紙で350枚。それをクリアしていれば、短い枚数でも問題ありません。もちろん物語の内容が600枚を求めるというなら、上限一杯で書けばいいでしょう。
次に指摘しておきたいのは、本当にミステリーが書きたいのかどうかという問題です。というのも投稿者が書きたい物語は別ジャンルであり、ミステリー部分を付け足しにしたような作品が散見できるからです。今、ノンジャンルの新人賞も、それなりにあります。無理をして、本賞に応募する必要はありません。ミステリーが好きで、ミステリーが書きたい。そういう人の応募を待っています。
吉田伸子
今回、二次選考にあがった作品の中に、明らかにジャンルエラーの作品がありました(作品全体としては一次選考のレベルはクリアしているものなので、二次に残ったのです)。ミステリの新人賞にもかかわらず一次選考をクリアするだけの力はある作品なのですから、適正なジャンルに応募されていれば、と思いました。
個人的に気になったのは、作品中の誤字・脱字です。登場人物名の打ち間違いもありました。もちろん、そのことが大きな瑕疵となり落選、ということにはなりませんが、今一度、推敲に時間を割いて欲しいと思います。締切ぎりぎりまで執筆→推敲する時間が足りない、というケースもあるかと思いますが、推敲を終えるまでが執筆、と頭の片隅にでも置いておいてもらえればと思います。