一般財団法人光文文化財団

第25回日本ミステリー文学大賞講評

小池真理子
撮影/花井智子

受賞者:
小池真理子(こいけ まりこ)
受賞者略歴:
1952年10月28日、東京都中野区生まれ。大学在学中から小説を書き始め、編集者やライターを経て、1978年、エッセイ集『知的悪女のすすめ』を刊行。1985年、『第三水曜日の情事』で小説家としてデビューし、ミステリーやサスペンスを中心に作品を発表していく。1989年、「妻の女友達」で日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門を受賞。1990年に軽井沢町に移住し、そのころから恋愛小説へと新境地を開く。1995年には『恋』で第114回直木賞を受賞。以後、『欲望』で第5回島清恋愛文学賞(1998)、『虹の彼方』で第19回柴田錬三郎賞(2006)、『無花果の森』で第62回芸術選奨文部科学大臣賞('11年度)、『沈黙のひと』で第47回吉川英治文学賞('13)をそれぞれ受賞する。
選考委員:
赤川次郎、逢坂 剛、佐々木 譲、東野圭吾
選考経過:
作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。

受賞の言葉

大賞

小池真理子

 高校時代から、いずれは作家になりたい、とひそかに願っていた。大学入学後は、青臭い小説を書いて同人誌に載せてもらったりもした。ほめてくれる人は誰もいなかった。
 漠然と温めているテーマはあっても、それを小説の中でどのように表現すればいいのか、わからなかった。ぼんやりと描かれる物語ではない、人を惹きつける、力強い物語を書きたかった。
 大のミステリ好きだった女友達から、ルース・レンデルやカトリーヌ・アルレーの魅力を力説されたのはそのころだ。恥ずかしい告白をすると、私はそれまで、ミステリと呼ばれるジャンルの小説を毛嫌いしていた。
 興味を覚え、試みに一読し、雷にうたれたような衝撃を覚えた。自分が求めていたものはこれだったのだ、と思った。ここにあるものを学んでいけば、必ず小説が書ける、と確信した。あの時、ミステリに開眼していなかったら、たぶん現在の私はない。
 長い歳月を経て、ミステリから離れてしまった感があるものの、ミステリは間違いなく、私の作家としての基礎を固めてくれた。私の中の芯の部分には今もミステリ的なものが力強く根を張っている。それらに助けられながら、これまで書き続けてくることができた。
 このたびの受賞は、大きな思いがけない歓びだった。ありがとうございました。

選考委員【講評】(50音順)

赤川次郎

 シャーロック・ホームズの「まだらの紐」の昔から、本格的な探偵小説においても、背筋の寒くなるようなサスペンスは、ミステリーの重要な要素である。
 小池さんは本格ミステリーの書き手ではないかもしれないし、ご当人もおそらくそれを目指してはおられないと思うが、特に初期の秀作群には、フランスミステリーのような心理サスペンスの味わいが濃いと思う。
 恋愛小説の書き手として、数々の受賞歴のある小池さんだが、サスペンス小説の秀れた書き手としてのキャリアを評価しておきたいという思いが、今回の賞を受けていただけることに結実して、選考委員として大変幸せである。

逢坂 剛

 ファンの中には、小池さんにこの賞が与えられることを、不思議に思う向きがあるかもしれない。確かに、現在の小池さんは純粋のミステリーを、書いておられない。しかし、デビューしてしばらくのあいだはミステリー、サスペンス小説のテイストを持つ作品が多く、この分野に新風を吹き込んだ実績がある。女性のミステリー作家の中でも、異彩を放つ存在という印象が強かった。すでに直木賞、柴田賞、吉川賞など、主立った文学賞を総なめにして、功なり名を遂げた作家には違いないが、ミステリーへの貢献度も高いと評価されて、本賞の授賞が決まった。本来ならば、先年亡くなった夫君の藤田宜永氏も、この賞にふさわしい作家だったことを思えば、むしろ二人分の重みを持つ賞として、贈りたいくらいである。小説そのものが、先の読めないミステリーであるとすれば、小池さんにはこれからも人生のミステリーに、果敢に挑戦してほしいと願う。むろん藤田氏にも、異存はないだろう。

佐々木 譲

 第二五回日本ミステリー文学大賞は、小池真理子さんに贈られることとなった。
 小池さんはすでに数多くの文学賞を受賞されているし、手がけるジャンルも広い。小池さんに本賞を贈呈することは失礼にあたらないかと、選考会では少し話題になった。
 しかし小池さんの、特に心理サスペンスの要素の強い作品群は、あえて「広義の」といった形容をつける必要もないミステリー小説そのものであろうし、また官能を主題にした独自の作品群はまた、性の世界のミステリー性を語ってあまりにも魅力的である。小池さんはミステリー小説の大地にそびえ立つ独立峰であって、しかもその山裾の一部は別ジャンルへと越境している、と表現できるのかもしれない。
 ともあれそのキャリアと、作品世界の基調を見れば、日本ミステリー文学大賞の贈呈をためらう理由はない。
 小池真理子さん、日本ミステリー文学大賞受賞、おめでとうございます。

東野圭吾

 いつもは比較的すんなりと決まるのだが、今回は少しだけ議論になった。たとえば私は最初、小池真理子さんを推さなかった。今や小池さん御自身に自分はミステリ作家だという意識がないのでは、と思ったからだ。輝かしい実績をお持ちだが、ミステリ以外の作品によって築きあげてこられた部分が多いと認識している。受賞に御本人が困惑されるようなら如何なものかと危惧した。だがおまえはどう評価しているのだと問われれば、そこは文句のつけようがないと答えるしかない。たとえば私が小池さんの最高作品だと思う『恋』は、仮にアイデアを与えられたとしても、男性作家には、少なくとも私には逆立ちしても書けない傑作だ。心理描写をするのに、断崖絶壁の縁を歩くような怖さがある。そういう独特の世界をミステリに広げられた功績は大きい。聞けば、御本人は受賞を知り、やはり少し戸惑われたらしい。だが喜んで下さったそうで安心した。

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