一般財団法人光文文化財団

第22回日本ミステリー文学大賞新人賞選評

辻 寛之(つじ ひろゆき)

受賞作:
『インソムニア』(「エンドレス・スリープ」改題)
受賞者:
辻 寛之(つじ ひろゆき)
受賞者略歴:
1974年富山県生まれ。埼玉県在住。
選考委員:
綾辻行人、篠田節子、朱川湊人、若竹七海
選考経過:
応募139編から、2次にわたる選考を経て、最終候補5編に絞り受賞作を決定。
贈呈式:
2019年3月22日 帝国ホテル(東京・内幸町)

受賞の言葉

大賞

辻 寛之(つじ ひろゆき)

 おおよそ小説の構造やパターンは過去に出尽くしたといわれますが、にも拘らず新しい小説が生み出されるのは、時代が変わり、 抽象性が何度も語り続けられるということなのかもしれません。 新人が生意気に、と怒られるかもしれませんが、今回栄えある賞を頂いた作品は過去の古典をお手本に作り上げました。 そこに現代に通じる普遍性があると思ったからです。 執筆にあたっては、力不足を感じながらも書き手の思いをどう伝えるかを考え、精一杯、真摯に書いたつもりです。 伝えるべきことを読者に届ける技こそプロの力だと感じることがあります。 拙い作者ですが、それが出発点だということを自覚して、これからも筆を執りたいと思います。 その機会をくださった選考委員の先生方をはじめ、全ての方に感謝します。ありがとうございました。

選考委員【講評】(50音順)

綾辻行人

 今回の最終候補作は総じてレベルが高かった。場合によっては難航するかとも思えた選考だったのだが、結果としては満場一致で辻寛之「エンドレス・スリープ」への授賞が決まった。
 実を云うと、システムL「神なき国に」が僕の好みにはいちばん合う作品だったのである。明治十六年の函館を舞台に、飄々とした筆致で当時の街や人を活写しつつ、 中心に置かれたのは豪壮なお屋敷での謎めいた殺人事件。古き良き本格探偵小説の香りを心地好く楽しめる。登場人物の造形も筋運びも、とてもいい。 ただ、この種の作品の命である真相解明のロジックとその示し方が、これではいかにも弱すぎるだろう。そのため、強く推しきることができなかった。惜しい。
 比して、「エンドレス・スリープ」には大きな弱点がない。巧い。現代のこの国の重い現実を見すえた社会派の意欲作である。 自衛隊という組織の内部にいる人間たちの視点に寄り添いながらも、その背後に立つ作者の構えはすこぶる冷静で、眼差しも高い。 紛争地で起こった「事件」の真相が段階的に見えてくるプロセスはスリリングで、最終的に提示される「真実」にも衝撃力がある。選考会では篠田節子さんが熱く推された。反対する理由は何もなかった。
 越尾圭「まぼろしの人」も面白かった。冒頭から結末まで、意表を衝く展開の連続で飽きさせない。だが、一方でそれが「詰め込みすぎ」と「説明不足」を招いてしまっているのも確かだろう。これも惜しい作品である。
 斎堂琴湖「アクリルムーン」については、気になった点を一つ指摘しておこう。物語の前半は主人公の三人称一視点で語られ、後半は同じ主人公の一人称「おれ」で語られる。 何か狙いがあっての変則的な構成だと思うのだが、どうも正体がはっきりしない。こういったところが、あるいはこの作者の大きな課題かもしれない。
 服部倫「捕食寄生」。他の四作に比べると落ちるが、それでも面白く読めた。近年の現実に溢れる社会問題を集めるだけ集めて作った――というふうなプロットには、 個人的にはあまり感心しないけれど、どこか捨てがたいセンスを持った書き手だとも思う。

篠田節子

 本来なら四本に絞られるはずの最終候補が五本。質的にも優れたものが多く、書き手にとっては厳しい年になってしまった。
「まぼろしの人」はよく練られたストーリーに加え、主人公の心情、判断、逡巡などが的確に語られ、 かつ法律、制度、既存のシステム、ルールの中で登場人物が動かざるをえない展開で、安易に作られた娯楽作品にはない大人の小説の品格を備えている。 もっとも肝心な殺人の動機についての必然性に疑問が残り大きな減点となった。 「神なき国に」は時代背景、風景、舞台設定に一読、人を引き込む魅力を備えた作品だが、殺人事件の共犯として収監された少女の態度や心理と、事件を巡る虚実の間に大きな齟齬(そご)がある。
 以上二作品については例年なら入選して不思議はない水準に達していたが、「エンドレス・スリープ」の不器用ながらも圧倒的な筆力には一歩及ばなかった。 テーマ、プロット、創作姿勢、すべて良し。書きにくく体力のいる内容をよくぞ仕上げた。 プロの作品でさえ個別の戦闘や部隊内のあれこれで完結させるケースが多い中、帰国した隊員たちの悲劇を通し、 現代の戦争と地域紛争の本質を描き出したことは喝采に値する。ただし技法的に稚拙過ぎて、小説の体(てい)を成していない部分が散見される。 小説は説明ではなく描写だ。肝心の部分はシーンを立てて「見てきたように」描写すべきだ。だが技法は書けば上達する。この作者の大きな可能性と創作姿勢に賭けたい。
「アクリルムーン」は昨年に比べて長足の進歩が見られた。冒頭に提示される謎は美しく主人公たちが商店のシャッターに絵を描くシーンなど印象的なシーンもある。 外連味(けれんみ)はこの人の美点だが、暴力と殺人、自殺の動機と結果については一考を要する。
「捕食寄生」ははみ出し先生が仲間とともに、教え子救出のためにワルと闘う。腐敗した警察も行政も頼りにならない。 B級アクションの魅力満載だが既視感がある。この人なりのオリジナリティーをどこかで見せてほしい。

朱川湊人

 文芸に限らず、新人賞に期待されるのは、何よりも“突破力”とでもいうべきものです。 それは単に勢いだけの話ではなく、新鮮なテーマ、定石破りの展開、細部にまで行き届いたサービス精神など、ある一点に突出しているのみでも、十分な突破力に成り得ます。
 今回、システムL氏の「神なき国に」と、辻寛之氏の「エンドレス・スリープ」の二作に、私はその力を感じました。 特に時代と地域を多角的に描き出そうとする姿勢に敬服した私は、「神なき国に」に最高得点を付けて選考会に臨みましたが、ある論理に弱さがあり、 完全に推し切ることができませんでした。しかし前半部の面白さは抜きんでているので、ぜひ再挑戦してください。 「エンドレス・スリープ」は、やや一本調子なところが気になりますが、深いリアリティーと迫力でぐいぐい読ませる作品です。 読後、これがフィクションでよかった……と感じたほどですが、すぐにでも現実になるかもしれないと思わせるのも、この作品の力でしょう。文句なしの受賞で、さらに磨かれて出版されるのを楽しみにしています。
 残念ながら他三作品は、“突破力”の点で、やや難がありました。
 越尾圭氏の作品を読むのは三作めですが、今回の「まぼろしの人」も前作同様の感想です。 ディテールは緻密で申し分ないのですが、いくつもの重要点がボヤけてしまっているのが残念です。 斎堂琴湖氏の「アクリルムーン」は、前作よりも格段の進歩を感じましたが、展開に納得しきれない箇所がいくつかある点、 服部倫氏の「捕食寄生」は同テーマで優れた先行作品が多くある点で、評価が厳しくならざるを得ませんでした。
 セオリーに則った展開や人物造形が悪いわけではありませんが、新人賞は読み手に「またか」と思わせるほど、 突破は難しくなるものだと思ってください。むしろ“他人がやっていることは、絶対にやらないぜ”というくらいの気概が欲しいところです。

若竹七海

 今回は五作品と多かったが、どの作品も読み応えがあった。その分、描き込み不足や練り込み不足への評価が辛(から)くなったきらいがある。
「捕食寄生」は軽快な語り口が楽しめたが、どこかで聞いたような事件だし、主犯の正体や主人公の絶体絶命といった肝心な箇所が第三者の説明で片づけられて残念だった。
「アクリルムーン」はショッキングな出だしから、一緒に絵を盗んで欲しいというボーイ・ミーツ・ガールの導入部にワクワクした。 だが、画家の後妻が拳銃を持ち出し、義理の娘を従わせるといった流れにビックリ。テーマである「才能」も作中、何度も語られすぎてラストには訴求力が落ちていた。 うまい書き手という評価は昨年同様だが、今回は話の展開がやや強引すぎたと思う。
「まぼろしの人」は、二転三転するややこしい話をテンポよくきっちり描き切っていて見事。 だが、そもそも犯人がなぜ殺人というリスキーな手段を選んだのか、遺産は主人公に相続させて巻き上げれば済んだのに、 自分の戸籍を取り戻すことに執着したのはなぜか、というミステリの根幹に関わる部分が腑に落ちなかった。
「神なき国に」には興奮させられた。人斬りのアクションは鮮やかだし、事件の一報に函館署員が三里の雪道を走って現場に駆けつけると山中に白い洋館が現れる、 といった冒頭の展開、明治時代の函館の描写やキャラクター造形も素晴らしい。前のめりに読み進めたのだが、さんざん期待させたわりに真相が……。 今回は推せなかったが、個人的にはぜひ、篠田(しのだ)警部が活躍する冒険小説なども読んでみたい。 「エンドレス・スリープ」は、南スーダンのPKOに参加した自衛隊の小隊がみた「地獄」をめぐる物語だ。 「自衛隊の海外派遣の前提」と相反するような事実はなかったことにしたい、あるいはそれを暴きたいとする各方面の思惑や、 隊員たちそれぞれの苦しみの中から、少しずつ真相が立ち現れてくる過程が実にスリリングで、現在の「藪の中」を描くのにこれ以上の舞台設定はないだろう。 難を言えば、参考文献・サイトを表記していないこと、遺伝病がらみで村が出てくるのに実際の国名を使うのはどうかということ、 最も罪深い事件が遺書で簡単に語られるだけで終わることだが、どれも改善可能だし、テーマ、プロット、文章もうまく、最高点をつけた。

候補作

 予選委員7氏=円堂都司昭、香山二三郎、新保博久、千街晶之、細谷正充、山前譲、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ決定(候補者50音順)。

「まぼろしの人」
越尾 圭
「アクリルムーン」
斎堂琴湖
「神なき国に」
システムL
「エンドレス・スリープ」
辻 寛之
「捕食寄生」
服部 倫

 応募総数139編から、1次予選を通過した20作品は下記のとおりです(応募到着順)。

「氷塊のクレイオ」
紫門秀文
「快刀乱魔」
川井猿丸
「二百億円の身代金」
栁沼庸介
「天使のいない街」
七海 舜
「裁きの闇」
本間正彦
「聖域の罠」
星あかり
「フォルシモの祈り」
吉原啓二
「操られて」
三浦あらうみ
「捕食寄生」
服部 倫
「アクリルムーン」
斎堂琴湖
「シルバーダイヤルの時計」
松江和秀
「泥棒と私」
杉浦昭嘉
「まぼろしの人」
越生 圭
「サギ師のやめかた」
村上博哉
「エンドレス・スリープ」
辻 寛之
「神なき国に」
システムL
「恋する夏の日 殺人事件」
白鳥 翔
「陽だまりの人」
葵ヒカル
「若駒は負けられない」
広原遼一
「やすらぎの季節」
宮代 匠

【予選委員からの候補作選考コメント】

円堂都司昭

 こうして最終候補五作が選ばれたわけだが、それ以外にも興味深い作品はあった。 杉浦昭嘉「泥棒と私」は、前半と後半で事件の質が異なり回想の章が退屈であるなど構成に難があったものの、 泥棒のキャラクターや軽妙な語り口に魅力を感じた。今後に期待したい。
 今回の一次予選通過作で目立ったのは、既応募作を手直ししたものである。手応えを感じたから修正し再チャレンジしようと考えるのだろうが、 推敲したにしては不備が残る例が多かった。書き直す時に原稿を客観視できず、自分を甘やかしてしまうからだろう。 そうなるくらいなら、気持ちを入れかえて新作を書いたほうがいいとアドバイスしておく。
 また、作中でレイプを安易に持ち出したり、セクハラ、パワハラをギャグに使う例も散見される。 繊細な問題なのだから雑に扱わず、その描写は物語に必要なのか適切なのか、現在の社会通念において読者を不快にさせないかなど、留意してほしい。

香山二三郎

 今回の二次予選は印字の読みやすい原稿が多くて楽だった。その反面、応募総数が減少、女性応募者の作品も少なかったのは残念。
 最終候補作以外で印象に残ったのは、まず柳沼庸介『二百億円の身代金』。 既応募作を犯人視点からとらえ直した誘拐犯罪仕立ての企業ミステリーだが、身代金収奪のわかりにくさが直っていないなどの不備が指摘された。
 本間正彦『裁きの闇』は裁判員裁判の現場で裁判員が毒殺されるという不可能犯罪もの。 謎解き趣向が際立っているのは好印象だが、たとえ一審で無罪になっても二審で逆転する可能性があり、犯行動機に無理があるのではとの批判あり。
 杉浦昭嘉『泥棒と私』は売れない作家と泥棒の奇妙な絆の行方を描いた連作長篇。プロ作家らしいこなれた文章だが、 ミステリーから離れたエピソードもあり、構成に少々難ありか。以上三篇、最終候補作と大差があるわけではない。捲土重来を期して下さい。

新保博久

 20年以上、本賞の予選に携わってきたが本年で任期満了である。後任の諸賢はいずれもベテランで、釈迦に説法だが、 任期ちゅう私が心がけたのは、そつのない無難な作品を予選通過させるよりも、 危うげでも尖った作品を推すことであった(おかげで、たびたび他委員の総スカンを食った)。 このことは後任者にというよりも、これから応募なさる諸氏にお伝えしておきたい。 というわけで他委員が推薦してきた、既応募作を倒叙ものにリメイクするという掟破りの「二百億円の身代金」、 八方破れの「泥棒と私」を支持しきれなかったのを残念に思う。

千街晶之

 あと一歩で惜しくも最終に残れなかった『若駒は負けられない』を例に挙げる。 この作品は人間模様の描写などは比較的好評だったものの、将棋に詳しい予選委員から「いくらなんでも将棋界の描写が古すぎる」という 指摘があって最終候補入りを逸した。これに限らず、作中の情報をあと少しアップデートするだけでもっと高得点を得られた筈の原稿が、 ちょっとした弱点を指摘されて落選することもあるので気をつけていただきたい。

細谷正充

 今回だけではありませんが、規定枚数の上限まで書いてある作品が多かったです。しかし、ほとんどの作品は間延びしています。 量は評価になりません。自分の創った物語の大きさを理解し、それに相応しい長さを見極めてください。 また、長篇で扱うには、謎や事件が小さい作品も散見しました。これも物語の大きさの見極めが必要です。
 次に、ストーリーについて述べます。主人公が関係者に話を聞いて回る展開が多すぎます。もっと工夫が必要です。 関係者が、ほいほい喋るのも興ざめです。刑事ならまだしも、いきなり訪ねてきた人に、いきなり秘密を明かしたりしません。
 なお今回は、職業関係などで事実誤認のある作品が、少なからずありました。物語そのものが成立しなくなる作品も、ひとつありました。 それ以外では評価が高かったのですが、訂正のしようのない事実誤認なので、最終候補作に入れるわけにはいきません。 分かっているつもりの事実でも、ひとつひとつ確認することが肝要でしょう。

山前 譲

 事件の動機が過去にあるのは、必然と言えるかもしれない。しかし、それが30年、40年、あるいは70年も前のこととなると、ちょっと首を傾げてしまう。 そんな昔の事情をきっちり調べることができるだろうか……。たいてい、当時の関係者が抜群の記憶力を持っていたり、重要な資料が簡単に見つかったりする。
 あるいは近過去を舞台にした作品も多いが、これもただ単純に、携帯電話やインターネットが普及していない時代を選んでいるとしか思えないものが多い。 歴史ミステリーや時代ミステリーとして評価できるまで書き込まれた物語が少ないからだ。 いくらフィクションだといっても、やはり時代考証がきちんとしているかは気になる。ひとつでも疑念の設定があると、物語全体の評価に影響してしまう。
 どうしてこんなに謎の多い「現代」を描かないのだろうか? そこに「過去」を絡ませるには、それなりのミステリーとしての仕掛けが必要なのではないだろうか。

吉田伸子

 他の予選委員の方も、この場で「使い回し」の原稿について注意を喚起してきたことで、 「使い回し」原稿は減る傾向にあるのですが、今度は別の賞に応募した作品を「改稿」した作品の応募が目につくようになりました。 以前にも書いたかもしれませんが、「改稿」というのは、自分とは別の読み手の「目」が入らないと「改稿」にはなりにくい、 ということを心の何処かに留め置いて欲しいと思います。自分一人で「改稿したつもり」が、実は「微調整」にすぎなかったりするのです。 ミステリでいえば、犯人が変わる、くらいのものでないと、「改稿」とはいえません。 いや、そうじゃない、プロの作家だって雑誌連載から単行本する時に改稿しているけれど、 犯人が変わったりはしていないじゃないか、と思う方もいるかもしれませんが、プロの作家とご自分を一緒にお考えにならないほうが良いです。 何よりも、新人賞の応募作に求められるのは、「新しい作品」なのです。 一つの作品に拘泥して、新たな作品に時間を割けないというのは本末転倒です。 辛口なことを書いてしまいましたが、「新しい作品」は、常に応募されるあなたの内にあるのです。そのことを信じてください。

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