一般財団法人光文文化財団

第22回日本ミステリー文学大賞講評

綾辻行人

受賞者:
綾辻行人
選考委員:
赤川次郎、逢坂剛、西村京太郎、東野圭吾
選考経過:
作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
贈呈式:
2019年3月22日 帝国ホテル(東京・内幸町)
特別賞:
権田萬治(ごんだまんじ)

受賞の言葉

大賞

綾辻行人

同じ日時に隣接した会場で「日本ミステリー文学大賞新人賞」の選考をしている最中、 いきなり廊下へ呼び出されて本賞受賞の報せを受ける、という珍しい経験をさせていただいた。 そんなことが起きるとは、本当に露も想像していなかったので、とにかく驚いて、きょとんとするばかりだった。 歴代受賞者の錚々たる顔ぶれを見て、「いいのか、自分などが」と戸惑う気持ちも強かったのだけれど、それでも時間が経つにつれて、 「わが国のミステリー文学の発展に著しく寄与した作家」の一人として認められたことの喜びを、 その重みとともにだんだん実感できるようになってきた。
 今回の授賞は、デビューから三十一年間の悪戦苦闘に対するご褒美というよりも、 三十一年選手にしてはちょっと作品数の少なすぎる不器用者への叱咤激励と受け止めたい。 まだもう少し頑張って良いものを書くべし、と襟を正しているところである。

特別賞

権田萬治(ごんだ まんじ)

 今回、これまで故人にしか授賞されたことのない特別賞を生きている間に受賞できたことはまことに光栄であると感じると同時に、 ミステリーの最前線で活躍中の優れた作家の方々と同じ時代を生きてきた幸せを改めてしみじみと実感しているところである。
 学生時代の私は、岡本太郎や花田清輝などによる前衛芸術運動に関心があり、 特に太郎さんからは美術評論を書くように勧められたこともあって最初は色々迷いがあった。 本格的にミステリー評論に取り組むようになったのは、当時の推理小説専門誌の『宝石』の編集長の大坪直行さんが、 評論を重視して若い私に活躍する舞台を与えてくださったこと、松本清張さんの励ましがあったからだった。 優れた作家、評論家、編集者に出会い、大学でもいい同僚に恵まれたからこそ、六十年にもわたってこの仕事を続けることができたのである。 この機会を借りて選考委員を始めお付き合い頂いたすべての方々に深く感謝する次第である。

選考委員【講評】(50音順)

赤川次郎

いったん綾辻行人さんの名が挙がると、ほとんど議論もなく大賞に決定した。 それほど「新本格」の旗手として、誰もがこの人を認めていたということだろう。  また、「本格」でありながら、一部のマニアにとどまらない、広い読者を獲得していることは、正にこの大賞にふさわしい。  まだまだ今後も長い活躍が期待できる方を選ぶことができて、こんなに嬉しいことはない。綾辻さん、おめでとう。  そして一委員から、「権田萬治さんの長年の功績に何か……」との意見があったとき、誰一人反対はなかった。 私自身、新人賞のころから、ずっとあたたかく見守り続けていただき、特に近年は私の社会的発言にも常に支持を表明して下さって、 本当にありがたいと思っている。 今回、「特別賞」という形で、すべてのミステリー作家の感謝の気持をあらわせたことは大きな喜びである。

逢坂 剛

 記憶に間違いがなければ、一九八九年の四月半ばに大阪で、新本格ミステリーの若手作家諸氏と、歓談する機会があった。 そのおり、『十角館の殺人』で華麗なデビューを果たした綾辻行人さんが、わたしの作品のどれだかについて、 「自分も、同じアイディアを考えていたのに、先を越されてしまった」とおっしゃった。 わたしも、仕掛けには大いに凝る方だったので、その一言がすごくうれしかったのを覚えている。 それから三十年近くたってしまったが、この賞に綾辻さんを推す立場になったことに、ひとしお感慨深いものを覚える。 全員一致の授賞決定に、心よりお祝いを申し上げる。
 特別賞の権田萬治さんも、同じく全員一致の推薦で決まった。ハードボイルドをはじめミステリー系の作家たちは、 どれだけ権田さんの後押しに助けられたか、分からない。 特別賞は、めったに出るものではないが、まさにふさわしい受賞者を得た、といってよい。

西村京太郎

 ミステリーの本道は、あくまでも、本格である。その本道を、綾辻行人さんが、 しっかりと守ってくださっていたおかげで、私などは勝手に、好きなミステリーを書くことが出来ると思っている。 その上、綾辻さんの本格ミステリーは、文学性が豊かである。ただ単に、本格を守られているだけでなく、 それに文学性を付け加えられたのである。また、多くの新人作家も発見し、育てるという地味な努力も惜しまなかった。 今日、綾辻さんに日本ミステリー文学大賞が贈られることを歓迎し喜びたい。
 今日は、同時に、権田萬治さんに、特別賞が贈られることになった。権田さんというと、私たち作家の傍に、 いつもいる感じで、権田さんのいないミステリー界は、考えられない。殆どの作家が、権田さんに、批判され、 時には、おだてられて、大きく育ってきた。私も、その一人である。ミステリー界が、今日、その功に報いることが出来たことは、嬉しい限りである。

東野圭吾

 綾辻行人さんの名前が候補者の中にある以上、余程の理由がないかぎりは推さざるをえなかった。
 私がデビューして二年後、講談社のある方から、「今度、すごい作品を出します。 書いたのは、京都大学の大学院生なんですけどね」といわれた。『十角館の殺人』というタイトルで出版されたその本は、ミステリ界に衝撃を与えた。
 新本格という名称は、昔からあったらしい。しかし世間に広め、定着させたのは、間違いなく綾辻さんだ。 綾辻さんが出現しなければ、デビューしなかった、あるいはミステリを書こうとさえしなかった作家は少なくないのではないか。 その功績は計り知れない。快く賞を受けてくださったことに感謝したい。
 権田萬治さんについては頭を悩ませた。本賞は基本的には作家に贈るべきものと考えるが、これまでの貢献を考えれば看過しがたい。 特別賞を、というアクロバットを捻りだしたところ、幸い賛同を得られた。これまた御本人の快諾を得られたようで安堵している。

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