一般財団法人光文文化財団

第20回日本ミステリー文学大賞新人賞選評

戸南 浩平(となみ こうへい)

受賞作:
『木足の猿』(『白骨の首』改題)
受賞者:
戸南 浩平(となみ こうへい)
受賞者略歴:
1966年静岡県生まれ、金沢美術工芸大学卒業。現在、老人ホーム職員。
選考委員:
あさのあつこ、綾辻行人、笠井 潔、朱川湊人
選考経過:
応募194編から、2次にわたる選考を経て、最終候補4編に絞り受賞作を決定。
贈呈式:
2017年3月23日 帝国ホテル(東京・内幸町)

受賞の言葉

大賞

戸南 浩平(となみ こうへい)

 七回もの挑戦。長かった〜。初投稿で最終選考に残ったものの落選。でも、「まずは挨拶がわりだからね」と余裕でした。 が、二度目も撃沈。「こんなはずでは……」と不安がよぎる。三度目の正直。正直者は馬鹿を見る。 四度目、「仏の顔も三度までだぞ! 今度落としやがったら」と形相は鬼と化す。 五度目。「お願いだから銀賞、佳作、審査員特別賞でも、残念賞だっていいからなんか下さい」という心境に至る。 六度目。六根清浄! そうか、ほしいほしいと我欲に囚われていたから駄目なんだ。無念無想、明鏡止水の境地で心静かに待つべしと悟ったが、いくら待てども朗報は来ず。
 七度目。七難八苦、七転八倒、七転び八起き。「苦しみのたうって転んだままじゃん。もう起き上がれないよ〜」と泣き暮れていると、電話のベル。 「大当たり〜!」幸せの鐘でした。涙に色はないけど、悲しみの涙が喜びの涙へと変わりました。 今度の七は、ラッキーセブンだったようです。ありがとうございました。

選考委員【講評】(50音順)

あさのあつこ

 今回は『白骨の首』を推そうと決めて、選考会に臨んだ。おもしろかった。 明治の世を舞台に、非業の死を遂げた友の復讐のために、十七年間を費やした武士、下忍の草として生きてきた男、 斬り落とされた異人の首、そして、五年前に上海で起こった英国人殺害事件。 最後に白日の下にさらされる真実の姿も含めて、実に盛りだくさん、実にスリリング、実にせつない作品だった。 人と人との絡み方、関係性が秀逸で、読み終えて登場人物一人一人が濃く心に残る。
 ただ、ミステリーとしては弱い。腐乱死体のあたりから、「うん? もしかしたら」と思わされてしまうし、謎解きも安易すぎる。 主人公奥井は真相に迫るために、あちこち歩き情報を集めてはいたが、その実、その情報を玄蔵たちに伝えるだけで、自ら推理した部分はほとんどない。 なのに、突然、とうとうと自説を披露したりする。どうにもちぐはぐだった。もっと、探偵として奥井を動かすべきだろう。 情報を理論的に処理し、推理を重ねていく。その能力を与えてもよかったのではないだろうか。 友の仇を討つ剣士の造形に固執し過ぎて、奥井という人物を広く捉えられなかったと感じた。 阿片の製法を延々と述べるあたりも一考してほしい。退屈過ぎる。ただ、そういう諸々の瑕疵を抱えながらも、魅力的な一作だったのは確かだ。
『ハンドラー」については、政治経済論がさかんに語られるけれど、それを外してみると実に貧弱な骨格しか残らない。 綾への山瀬の愛も、人物像も希薄でストーリーのために人が動いている感は否めなかった。 『泳いだ人』は実在した人物を書くための覚悟が足らなかったのではないか。 なぜ、架空の人物を主人公としなかったのか。なぜ、吉田満でなければならなかったのか。作者は本気で自問したのだろうか。 手慣れた書き手だけに、次は書くことの覚悟をもって作品に挑んでほしい。 『さいはての楽園』は、よくできた物語であるが肝心の犯人像が絞り切れていない。 このとき、この国でテロリストになるとはどういうことなのか、作者は思索しなければならないだろう。 人と時代への洞察を欠かしてはエンターテインメントはなりたたない。

綾辻行人

 戸南浩平氏の作品が〈日本ミステリー文学大賞新人賞〉の最終候補になるのは、これで七度目だという。 そのうちの四作を、僕は選考委員として読んでいるのだが、毎回趣向を変えながら、作を重ねるごとに技術を磨いてこられた、という印象がある。  今回の『白骨の首』は、明治初期という特異な時代だからこそ成立する「探偵小説」に挑んだ点で、これまでにない意欲を感じさせる作品。 復讐の相手を追いつづける元侍の主人公と元忍びの探偵コンビ、という設定も目新しいし、ミステリーとしての構図・企みも筋が良い。 惜しむらくは、「推理」の味が薄いこと。せっかく面白い探偵小説の舞台を整えたのだから、せめてもうひと味、 たとえばスパイスの効いた「論理のアクロバット」があれば良いのになあと。”本格ミステリ者”としてはついそう思ってしまうわけだけれど、 各選考委員のポジティブな評価を聞くうち、結果として僕もこの作品への授賞に賛成したい気持ちになった。
 越尾圭『さいはての楽園』。簡潔な筆致でスピーディに物語を読ませていく力はなかなかのもので、僕は最後までそれに乗せられて楽しく読了した。 ――のだが、冷静に物語を振り返ると、随所に弱点が見えてくるのも確かである。次作に期待したい。  吉原啓二『ハンドラー』。広げられた大風呂敷はたいそう興味深くて、その点は評価したいのだが、 人物造形や物語の進め方にちょっと無理がありすぎるのではないか。 複雑なプロットを充分に制御しきれず、作者自身が振りまわされているようにも見える。惜しい作品だとは思う。
 松野美加子『泳いだ人』。作者がなぜ、吉田満『戦艦大和ノ最期』をネタ本にして、このような実名小説を書かねばならなかったのか、大いに疑問を感じる。 ミステリーとしての創意にも見るべきものがないので、厳しい評価にならざるをえなかった。

笠井 潔

 越尾圭『さいはての楽園』と吉原啓二『ハンドラー』は、小説としての感触が似ている。 非現実的なほど大掛かりな背景設定や犯人の動機が共通するし、謎解きの過程で主人公が海外に行くところも同じだ。この辺の感じが今風なのだろうか。
 エボラ熱をめぐるサスペンス効果で読者を引っぱる力のある『さいはての楽園』だが、自分捜し、 居場所捜しが嵩じてナイジェリアの反政府ゲリラ組織に身を投じる犯人役は、人物造形に計算違いがある。 また現地で少年兵に仕立てるため、子供四人を誘拐してアフリカに「密輸」するという設定も、少なからず説得力に欠ける。
 同じように気になる点が『ハンドラー』にも見られた。アカデミズムの世界から追われた新自由主義批判者の息子が 、窮死した父の復讐のため、その徹底化によって新自由主義世界を自己崩壊に追いこもうとする。 復讐者は一九九七年のアジア通貨危機を仕組み、IMFによるアジア諸国のネオリベ改革を促進した。 中国の経済大国化に協力し、AIIB構想を裏から主導してきた。ソ連崩壊以来、天安門事件以来の世界的な新自由主義化とグローバル化は、 息子による復讐の結果だったという話は、気宇壮大に過ぎて空転気味といわざるをえない。
 非現実的な背景や動機が特徴的な越尾作品、吉原作品と比較して、戸南浩平『白骨の首』には地味ながら安定した力がある。 山田風太郎の開化探偵小説の設定に、浅田次郎『石榴坂の仇討』の主人公を重ねて構想されたような小説だが、 もろもろの要素を作者は過不足なく自分のものにしている。 友人の仇討ちという設定は再考すべきだろうが、完成度は他の候補作を大きく上回る。 選考会では本作を推そうと考えていたが、他の選考委員も同じような意見で、大きな対立はなく戸南作品への授賞が決まった。
 複数の実名モデルが登場する松野美加子『泳いだ人』は、作品の出来不出来以前の問題として、 モデル人物の人格権をめぐる配慮が不充分であるため、授賞の対象とするのは難しいと判断した。

朱川湊人

 今年も力作ぞろいの最終選考となりましたが、四作に共通して感じたのは、登場人物の魅力の乏しさです。 ミステリーですから謎解きが中心になるのは当然ですが、どの候補作も、その展開と解決に力を注ぎすぎて、 共感や愛着を覚える部分――言ってみれば“色気”というか“潤い”とでもいうべきものが、絶対的に不足していると感じました。 魅力的で色気のある登場人物が、作品世界を豊かにすることを、忘れないでください(この場合の色気は、エロという意味ではありませんので、誤解なきよう)。  そういう意味で、もっとも作品に潤いがあると感じたのは、戸南浩平さんの『白骨の首』でした。 明治の世に友の仇を探し求める隻脚の元侍という設定も秀逸でしたが、時代背景もよく書き込まれており、もっとも楽しく読むことができました。受賞、おめでとうございます。
 最後まで受賞を争った越尾圭さんの『さいはての楽園』。 達者な作品であるとは思いますが、ダブル主人公の効果が十分に出ておらず、また犯人の造形も中途半端な印象です。 主人公の一人がエボラウィルスらしきものを注射されるのですが、発症するか否かだけではサスペンスを維持できないでしょう。 また他の登場人物が、都合よく動きすぎている感が強いです。
 同じことが吉原啓二さんの『ハンドラー』にも言えます。 主人公が一週間余りで事件の真相にたどり着けたのは、情報提供者たちの素晴らしい記憶力と、サービス過剰なくらいに口が軽いことが大きな利点であったと思います。 また主人公が軽々しく拳を使う点や、やたらとマウンティング好きな性格であることにはウンザリしました。こういう人がカッコいいとは、私には思えません。
 松野美加子さんの『泳いだ人』は実在の人物を大胆に使った作品ですが、その許容範囲を超えてしまっているのは残念でした。 思い入れの強さは伝わってきますが、全体的に厳しい作品です。重要な二つの事実を主人公が隠し続けていた点も、アンフェアです。

候補作

 予選委員7氏=円堂都司昭、香山二三郎、新保博久、千街晶之、細谷正充、山前譲、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ選定(タイトル50音順)。

「泳いだ人」
松野 美加子
「さいはての楽園」
越尾 圭
「白骨の首」
戸南 浩平
「ハンドラー」
吉原 啓二

 応募総数194編から、1次予選を通過した24作品は下記のとおりです(応募到着順)。

「運命は殺せない」
月乃ハル
「The Destrudos」
柴田祐紀
「ハンドラー」
吉原啓二
「家老の本懐」
栁沼庸介
「水爆の残響」
稲毛彩人
「さいはての楽園」
越尾 圭
「カルピスで薄めた水」
城戸森羅
「九音の鬼」
太田礼人
「天誅自殺」
環 旅人
「白骨の首」
戸南浩平
「黒と白の記憶」
斎堂琴湖
「私は殺さない」
天野冬也
「ブルー・グラデーション」
上原ゆたか
「楽園を去る者」
世波貴子
「風の子供たち」
出雲文一郎
「藪の中に、手」
野村旗守
「ドルーワ・ワールド」
黒葉雅人
「同じくらい罪深い」
山田武博
「祝祭に雨は似合わない」
赤石絋二
「最後の貴婦人」
広原遼一
「歴史は映画で作られる」
宮ただし
「泳いだ人」
松野美加子
「クロスファイアー」
広瀬真冬
「植物学者 春藤草介の推理」
宝島玄武

【予選委員からの候補作選考コメント】

円堂都司昭

 扱っているテーマ、時代など、いずれも傾向の違う四作を最終候補に選べたことに満足している。 そのほかに魅力を感じた作品として『天誅自殺』、『九音の鬼』、『水爆の残響』を上げておく。
 最近の傾向として、腐敗した警察上層部や政治家が様々な悪事をもみ消してしまう設定の応募作が多い。 過去の作品を超える迫真性や、これまでにない展開などがあればいいが、よくある話をなぞっただけに終わっているものが大半だ。 手垢にまみれた筋書きを拙い筆力で繰り返すだけでは、魅力的な作品にはならない。
 また、自分の好きな小説を意識すること、既存の有名作を題材にすることは、必ずしも悪いとはいえない。だが、それらと冷静に、上手に距離をとることが大切である。
 選考する側は、新人作家にオリジナリティや新鮮さを求めたいのだ。応募者には、過去にとらわれない冒険心を持ってほしい。

香山二三郎

 選考を終えた直後の感想はというと、やはり次の二点に尽きる。原稿の印字は字間を詰めること。字間を空けた原稿は読みにくい。 既応募作品での再応募はなるべく控える。どうしてもという場合は大幅な手直しが必須。 幸い、度々の注意が功を奏して安易な使い回しは減ったようだが、くれぐれも気を付けて。
 最終候補以外で筆者の印象に残ったのは、環境汚染が進んだ近未来の千葉エリアを舞台に特別な能力を秘めた若者たちが覇権を争う出雲文一郎『風の子供たち』、 猟奇犯罪を追うオーソドックスな警察ものと思いきや驚愕の恋愛劇が待ち受けている山田武博『同じくらい罪深い』、 品川桜署の兄妹刑事の捜査劇からド派手な戦争アクションへと一転する広瀬真冬『クロスファイアー』等。
 今回は個性的な作品が揃ったようで全体的に好印象だったが、そのせいか票が割れて、最後は接戦になった。 選外作品でも評価する人はいます。ぜひ再挑戦してください。

新保博久

 今年は抜きん出たものに乏しく、可もなく不可もないような中間層が厚かった。 1次予選のほうが激戦だったくらいで、年によっては通過もありえた「真夏の嘘」は、 1000万人に1人と書かれている超能力者が狭い人間関係に複数いるのが、「異議あり」は主人公の自己犠牲の拠りどころに共感し得ないのが弱点に映り、 最初のハードルでつまづいてしまった。力量はある書き手だと思う。 過去2回、1次予選を通過した或るかたのは面白さでは前2作をしのいだが、これでは小説というよりギャグ漫画の原作でしかない。
 予選通過作では「九音の鬼」がたいへん惜しかった。 メンクイの語り手が大女につき纏われて辟易し、罵詈雑言ばかり連ねているのに、いつしか彼女に惹かれている心境の変化を読者に得心させるのは大した小説技巧である。 悪態を半分くらいに削れば端正な作品になっただろう。 中盤のどんでん返しの鮮やかさに比べ、真相が凡庸で推しきれなかった。

千街晶之

 たしか数年前にも似たようなことを書いた記憶があるのだが、枚数の上限六百枚ぎりぎりまで書く必要はない。 今回は最終候補に残った作品にすら、あと百枚は削れそうなものがあった。 あなたが書いた六百枚は本当に、千数百円という安からぬ金額を出して買ってくれる読者をうんざりさせずに済むものなのか、 応募の前にもう一度冷静に考えていただきたい。
 それと、既存の作家・作品をあまりに意識させる原稿は、よほどの出来でなければ不利だということも記しておきたい。 例えば今回の落選作に、皆川博子『開かせていただき光栄です』をどうしても想起させてしまう設定の原稿があったが、 皆川博子に比肩する作品を書けというのは流石に酷だとしても、せめて足元に届いてみせるくらいの気概は見せてほしい。 すべての創作は模倣から始まるものだとしても、エピゴーネンの域から脱することができなければ一流にはなれない。

細谷正充

 予備選考をしていると、人物の言動がおかしい作品を、よく見かけます。たとえば殺人事件が起きたとしましょう。 普通の人は、事件の謎を解こうとか思いません。ぶっそうな事には、極力、かかわらないようにします。 もちろん、それでは物語になりませんから、事件にかかわる理由を作るわけですが、それは一般常識に照らし合わせて納得できるものですか。 このあたりのことを、非常に甘く考えている作品は、意外なほど多いです。
 また、事件の調査をしていて、知らない名前や単語に遭遇したら、まず何をしますか。 現在なら、スマホやパソコンでネット検索をする事でしょう。このような描写のない作品も、実に多いです(そういう事が必要ない展開なら問題はありませんが)。 料理と一緒で小説も、ひと手間かけることで、味が引き立ちます。プロットやトリック以前の部分で、 作品の評価を下げないよう、自分の書いている物語を常に検証する癖をつけてもらいたいものです。

山前 譲

 新鮮なミステリーを読みたい。応募作品を読みはじめるときには、いつもそう思っている。 だが、なかなかその期待に応えてくれる作品には巡り合わない。 このところ変わった職業の名探偵がいろいろ登場しているが、まだまだ見逃されている分野はあるのではないか。 業界ものは飽きられてしまったかもしれないけれど、社会の変化とともに育まれている未知の世界はあるはずだ。 そこを深く探れば、新しい味わいが出るのでは?
 といって、パラレルワールド的な世界に走ってしまうのはどうだろうか。 謎解きのベースとなる、我々の社会とは違った論理をきっちり説明するのは、なかなか難しい。 過去を舞台にするのも有力な手法だが、現代からの視線が織り込まれているのがいつも気になる。 しかし、難しいからといってチャレンジしなければ、新人賞への道は閉ざされてしまう。誰もが気付かなかった新しい道を拓く作品を、いつも待ち望んでいる。

吉田伸子

 今回の二次選考会で話題に出たのが、警察と政治家の〝闇〟は、もう要らない、ということでした。 警察(と刑事)と政治家の腐敗というのは、手垢がつきすぎてしまったテーマだということです。 それでも、どうしてもそこを描きたいというのであれば、先行作品を超えるようなものでなければならないと思います。 テーマを考える時に、そのことを頭のどこかに置いていただければ、と思います。 あと、登場人物の名前が紛らわしいーー苗字に「山」がつく人物が複数登場する、等々ーーということがありました。 こちらは、ちょっと気をつけるだけで直すことができます。小さなことですが、大事なことですので、そちらにも留意いただければと思います。
 今回、二次に残った作品に女性の方の作品が例年よりも多かったことは、同性として嬉しく思いました。

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