一般財団法人光文文化財団

第19回日本ミステリー文学大賞新人賞選評

嶺里 俊介(みねさと しゅんすけ)

受賞作:
『星宿る虫』
受賞者:
嶺里 俊介(みねさと しゅんすけ)
受賞者略歴:
1964年、東京都生まれ、葛飾区在住。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。
選考委員:
あさのあつこ、綾辻行人、笠井 潔、朱川湊人
選考経過:
応募172編から、2次にわたる選考を経て、最終候補4編に絞り受賞作を決定。
贈呈式:
2016年3月16日 帝国ホテル(東京・内幸町)

受賞の言葉

新人賞

嶺里 俊介(みねさと しゅんすけ)

「あなたの年齢だと、お付き合いするには魅力がないとデスクに判断されました」
 返却された原稿を入れた大きな紙袋を手に、自宅まで歩いて帰ったことがある。自宅の亀有まで、実に半日以上の道のりだった。
 往来が途絶えた深夜の車道で、ど真ん中を歩きながら、なぜ誰も轢き殺してくれないのかと独りごちた。
 創作に果てがあると、いったい誰が決めた。
 更に奮闘する日々が続いた。今回の作品では、少なからぬ取材費を投じることになった。
 一次予選を通過しても、虹の彼方へ着地できる者は、わずかに一人だけ。
 意気自如を装いつつも、冷汗三斗の思いで結果の連絡を待った。手にしたコーヒーは千々に乱れる心を映して波紋を立てた。
 辿りついた虹の袂は、どしゃぶりの雨だった。夢見た者たちと、自身の涙雨だ。
 賞の運営と選考に関わったすべての方々に、感謝します。

選考委員【選評】(50音順)

あさのあつこ

 今回、最終選考に残った四作の内、三作は過不足のない出来映えとわたしには思えた。 読ませるし、それなりの安定感もある。場面の展開も、台詞回しも、文章のこなれ方もそれなりのレベルだった。 ただ、新人賞の場合、それなりのレベルでは、最終選考に残れても、受賞は難い。
 新人が武器とするのは安定度でもこなれ方でもなく、"この新しさ"だ。この書き手にしか生み出せない何かがある。 読み手にそう感じさせる力だ。今回、それを感じさせてくれたのは『星宿る虫』のみだった。 どう評価すべきか悩みに悩んだ一作でもある。瑕は多い。登場人物の誰もが多弁で説明過多の台詞が横溢し、その割には個々の人物像は希薄だ。 都合のよすぎる展開や中途半端な設定、ずさんともとれる表現等々、書き上げればきりがない。
 しかし、一瞬、こちらの息が痞えるような場面を内包している。どこにもない何かがあるのだ。 発光する虫、生きながら虫に食われる人間、讃美歌。恐怖と快感の叫びが行間から響く。傑作だとも秀作だとも言えない。 ただ凡百に埋もれない可能性はある。そこに賭けたいと思った。思わせるだけの力があつた。
 逆に『モダン・グラディエーター』と『罪を継ぐ者』は、最後までするすると読み進められた。つまり、読みやすいのだ。 この読みやすさが曲者で、読後感というものを大幅に希釈してしまう。ストーリーはぼんやりと頭に残るのだが心には傷一つ残らない。 書き手の人間への肉薄が今一つなのだ。人の犯した犯罪ではなく、犯罪を犯した人を捉えなければ、こういう物語は支柱を失う。 どれほど蘊蓄を語り、情報を盛っても、作品の魅力にはなりえない。
『捕食者』は、もしかしたらこれが受賞作かと考えつつ選考会に臨んだ作品だった。感覚的で申し訳ないが大化けする気がしたのだ。 主人公が沙織でなく霧子であったら、どうなのか。もっと違った世界が立ち現れるのでは。
 どこかで借りてきた物語ではなく、自分の内側から自分を食い破って生まれる一作を、ぜひに。

綾辻行人

 嶺里俊介『星宿る虫』に最も力を感じた。
 かなり専門的な科学情報を動員して書かれたSF作品である。かなりグロテスクかつ残酷なシーンが頻出する、これはホラー作品であるとも云えるだろう。 けれども物語の中心にはしっかりと「ミステリー」がある。人類に恐るべき死をもたらす奇病の正体を論理的・科学的に解明していく物語として、充分に面白く読めるのだから。
 そしてとにかくこの作品、「銀河鉄道虫」と命名される架空の「虫」が実によく書けている。 探偵役に当たる女性法医昆虫学者のエキセントリックな造形にしても、選考会では首を傾げる向きもあったのだが、僕はむしろ大いに楽しく読んだ。 序盤の死体解剖シーンをはじめとする人体破壊の描写の凄まじさ、「虫」たちが発光しながら高所をめざす情景の美しさ、 若者二人の純愛が行き着く悲劇の壮絶さ等々、他の候補作には見られない、この作品ならではの美点が多くある。 広げた大風呂敷ゆえに欠点も目立つ作品ではあるが、ここは加点法で積極的に推したいと考えた。
『星宿る虫』と最後まで争ったのが、吉田直生『捕食者』。「普通のミステリー」としてのプロットは悪くない。 ライトな文章でスピーディに読ませるのも良い。だが、結果的にはこの軽さが仇となって、事件が含み持つ凄みを殺いでしまっている。 過去に傷を持つ女性刑事が捜査一課へ復帰するまでの奮闘、というのも昨今あまりによく見かける構図で、比べるとやはり『星宿る虫』の破天荒さに軍配を挙げたくなる。
 越尾圭『罪を継ぐ者』は、安楽死問題をテーマに据えた社会派・医療ミステリー。手堅くまとまってはいるのだが、これでは物足りない。 葉真中顕『ロスト・ケア』の高みをめざしてほしいと思う。
 斉木円『モダン・グラディエーター』には全体の構成に難を感じた。三部構成の第一部に枚数を割きすぎていて、 なおかつこの部分が最も凡庸で退屈であるというのは問題だろう。 事件の核心部に置かれた「人間と犬を闘わせての非合法賭博」にしても、今どきこれではインパクトが弱いなと思えた。

笠井 潔

 文章や人物や物語などの諸点で、越尾圭『罪を継ぐ者』と斉木円『モダン・グラディエーター』は授賞作の水準に達している。 しかし、いずれも小説技法の基本的な点で無視できない問題を抱えていて、積極的に推すことが躊躇われた。 詭計的な「語り」の技法を用いている『罪を継ぐ者』だが、意識して叙述トリック作品に挑戦しているわけではない。 これでは読者から、アンフェアなやり方で犯人を隠蔽していると非難されかねない。 文章のこなれ具合では候補作中一番の『モダン・グラディエーター』だが、プロローグとして置かれた人間と犬の格闘場面から、 ほとんどの読者は事件の真相を察してしまう。あらかじめ解答を知らされた問題が解かれる過程を見ても、読者は興味をそそられないだろう。
 吉田直生『補食者』は、あまり文章を書き慣れていない印象だった。犯人の人物造形にも不満は残るとしても、サスペンス小説としてのプロットは水準が高い。 挑戦者としての勢いは感じられるのだが、減点法の評価では越尾作品や斉木作品に及ばない。
 評価の基準として減点法を採用する場合、嶺里俊介『星宿る虫』の点数は他の候補作に劣るといわざるをえない。 間違った言葉遣いが多いし、警察組織や医療関係などでの事実誤認の類も目につく。 作中のリアリティの水準が混乱しているのも問題だ。たとえば平凡だがリアルな人物たちの隣に、 プラスティック爆弾を仕込んだカチューシャを愛用する女007さながらの空想的キャラクターが放りだされている。 しかも、このプラスティック爆弾は導火線で爆発するらしい。 全体として乱雑な印象のある作品だが、減点法でなく加点法で評価してみたらどうか。 体の内部を虫に食い尽くされた屍体、黄色い血。あるいは、銀河鉄道のように発光しながら闇を宙に登っていく虫たち、不思議な音楽。 可もなく不可もない水準作ではなく、未完成でもパワーを感じる作品に期待したいという綾辻委員の加点法評価に説得され、最終的には『星宿る虫』の授賞に賛同した。

朱川湊人

 今回より選考委員の末席に加えていただき、気負いつつ候補作四本に取り組みました。 さすが最終選考に残るだけあって、このまま本屋に並べられても、おかしくない作品ばかり……というのが第一印象です。 五百枚以上もの原稿を、誰かにお尻を叩かれることなく書き上げた気力だけでも、尊敬に値します。
 けれど残念ながら、一読して「これは!」という作品はありませんでした。 一定の水準に達してはいても、あるものは小さくまとまっていて驚きが薄く、あるものは爆発力があっても、 突っ込みどころ満載であったり――結局、絞りきることができないまま、『捕食者』と『星宿る虫』の二つを支持する心づもりで選考会に臨みました。 『捕食者』は滑らかなストーリー運びで、ストレスなく読み進められるのが魅力でした。 ですが全体の雰囲気に既視感があり(女刑事ものは、さすがにお腹いっぱいです)、また書き足りない部分も多くあるように感じられました。 殺人の動機も弱く、人物造形もありきたりです。 もう一つの『星宿る虫』は、疑問や不満点は四作品の中で一番多く、このままでは辛いのは確かですが、同時に多くの美点を持っている作品でもありました。 最初に読んだ時はグルゥの無敵ぶりに鼻白み、重要な場面が詳細に描かれていない点に不満を感じていましたが、作品全体に込められた熱量は相当なものです。 「減点法ではなく、加点法で考えてみたら」という綾辻氏の意見で、この作品を押す決心がつきました。受賞された嶺里氏は、出版までに全力で加筆修正してください。
『モダン・グラディエーター』は、主人公に親しみを感じることができませんでした。 彼の正義は、いったい何に支えられているのでしょう。『罪を継ぐ者』は、手がかりの提示の仕方に若干のアンフェア感を覚えます。 また、バーやファミレスで会話するだけのシーンが多すぎるので、もう少し工夫してみてください。

候補作

 予選委員7氏=円堂都司昭、香山二三郎、新保博久、千街晶之、細谷正充、山前譲、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ選定(タイトル50音順)。

「罪を継ぐ者」 
碓井 圭
「星宿る虫」
嶺里 俊介
「捕食者」
吉田 直生
「モダン・グラディエーター」
斉木 円

 応募総数194編から、1次予選を通過した24作品は下記のとおりです(応募到着順)。

「心の通う防衛力整備を」
門田艦攻
「十三人の探偵」
北村 想
「白黒姉妹は月の下」
藍沢砂糖
「暴かれた世界」
可南公太
「私の写楽」
倉田稼頭鬼
「壁の向こう」
星川 尊
「罪を継ぐ者」
碓井 圭
「幽霊会社」
岡 辰郎
「モダン・グラディエーター」
斉木 円
「封印された遺書」
貝瀬久彌
「五〇〇〇ドゥカードの密使」
西 恭司
「始末屋
赤石絋二
「真夜中の宝探し」
大寺屋浩史
「わたしは夢の中で泣いた」
埋橋 淳
「揚羽の山」
木山穰二
「謎宮解読」
紀伊友絃
「星宿る虫」
嶺里俊介
「PMC」
辻 寛之
「捕食者」
吉田直生
「思慕の流転」
若草 俊
rm」
山田武博

【予選委員からの候補作選考コメント】

円堂都司昭

 応募作の複数にみられた悪しき傾向を指摘しておく。
 事件を捜査する主人公に対し、質問された関係者たちが、あまりにも簡単に情報をもらしすぎる。 そのため、返答を拒絶した相手の心を開かせるために努力する、嘘をつかれて右往左往する、情報の欠けた部分を補うために推理するなどの物語の起伏を欠き、読み手は退屈してしまう。 また、事件の真相が関係者から棚ぼた式に与えられると、主人公がかっこよくみえない。情報を明かす手順については、よく考えてもらいたい。
 一方、警察官僚など権力者を黒幕とする作品では、どんなことでも黒幕が実行できるとする内容が散見された。 しかし、その種の作品は、なんでもありの展開になりがちだ。黒幕の力が及ぶ範囲はどこまでかなど、設定を明確にしておかないと、リアリティに欠ける。
 応募者には自分の原稿を冷静に吟味する姿勢を持ってほしい。

香山二三郎

 今年は他の文芸賞に落ち再応募したという作品が目立った。個人的には中身優先で判断したが、 落選作品を手直しもせず右から左へ再応募なんて話を聞くと、やはり感じ悪い。評価にも影響することは否めない。
 筆者の印象に残ったのは、美少女姉妹の悪行の軌跡を活写した藍沢砂糖『白黒姉妹は月の下』、 東洲斎写楽の肉筆画の真贋を追究する倉田稼頭鬼『私の写楽』、関ヶ原の戦い直前の茶釜争奪戦を活写した西恭司『五〇〇〇ドゥカードの密使』、 ある小学校の教師陣が爆弾魔の罠にかかる大寺屋浩史『真夜中の宝探し』、長野・新潟県境の山村で起きた住民消失事件の謎を追う木山穣二『揚羽の山』、 民間軍事会社の暗躍と彼らをめぐる国際謀略の行方を追った辻寛之『PMC』等。
 その中には既応募作品もあったが、それが問題になる前に落ちていった。再応募するなとはいわないけれども、その場合はくれぐれも推敲プラス手直しをお忘れなきように。

新保博久

 今回は一次予選通過作の出来不出来の差が激しかった。 それだけに最終候補は例年に比べて遜色なく、一般読者には受賞作に期待していただきたいところ。  候補絞りも接戦になると、以前、他の賞の応募作として読まれたものの分が悪くなるのは已むを得まい。 予選委員の多くは他賞と兼務しているので、当該作品の応募前歴を秘匿されても、まず誰かが気づく。それを自己申告でも秘匿されていると、ますます心証が悪くなる。
 そういうことを取りあえず抜きにして、最終に残らなくて惜しかった作品を挙げると、 「五〇〇〇ドゥカードの密使」にまず指を屈する。 前野忠康というめったに取り上げられない武将を主人公に、実在人物の知名度に寄りかからない時代小説として好感がもてたが、 ミステリー的な趣向がもう少し手厚ければ。 「私の写楽」も、写楽の肉筆画が贋作の証拠がないだけで真作と判定されるのが安易ながら、捨てがたい魅力があった。

千街晶之

 最終候補作の中には、私だけが大絶賛した結果残ったものも、私には面白さがさっぱり理解できなかったものもあるが、 ヴァラエティに富んだ作品群を残せたと思っている。
 二次選考で落ちた作品では、辻寛之氏の『PMC』を残せなかったのがやや心残りではある。 民間軍事会社や国防問題という現代的な題材を扱っているだけに、物語の背景が十年ほど昔ではなく、より現在に近ければと惜しまれる。 西恭司氏の『五〇〇〇ドゥカードの密使』は既受賞者の岡田秀文氏の作風とかぶるだけに、もっとミステリ度を高めてほしかった。
 今回、他の新人賞の応募作の使い回しが例年より多かったのは残念である。 原稿の使い回しが悪いとは言わないけれど、多少なりとも改稿はしていただきたいし、 たとえ改稿していても同じ原稿を三回も四回も違う賞に送っている方は、新作を書く気がもうないのかと思われても仕方あるまい。

細谷正充

 今年の予選は、いろいろ考えさせられた。たしかに小説は才能の産物であり、内容が面白ければいい。 でも、それ以前の問題を抱えた応募作が多かった。大きなものでは、カテゴリー・エラーがある。 ミステリーの新人賞なのだから、ミステリー作品を送ってください。他のジャンルの作品では、まず最終選考に残すことはありません。  また、誤字脱字の目立つ作品も多かった。登場人物の名前が、途中で変わっているものまであった。一度でも推敲していれば、防げるミスです。 こんなことで作品の評価を下げてしまってはもったいない。
 さらに、経歴や梗概に余計なことを書く応募者も、結構います。 〝会社の理不尽な仕打ちに耐えかねて退職〟とか、そんな情報はいりません。自分の作品がいかに素晴らしいか、煽るような惹句もいりません。淡々と表記してくれれば充分です。  何が求められているのか。原稿を送る前に、基本的な部分を確認してください。本気のお願いです。

山前 譲

 テーマが斬新で、キャラクターも生き生きとしている。あとはミステリーとしての趣向・・・・・・ といった作品ならば、文章が荒削りでも先に読みすすめていく意欲が湧く。
 だが今回は、多くの応募作において、その段階にいく前に、期待がしぼんでしまった。 冒頭から誤字脱字が目立ち、ストーリーに集中できなかったのである。自身の作品世界に引きずり込むためには、推敲が肝心だろう。 もっとも、いかにきちんと推敲されていても、以前、他の新人賞で読んだことがある作品は、やはり期待を失ってしまうのだが。
 テーマやキャラクターにそそられて一気に読みおえても、さて、ミステリーとしてはどうだろうかと、高く評価するのをためらってしまうときもある。 たとえば今回、学習塾の世界を描いた作品では、経営面からのアプローチに興味をそそられた。だが、ミステリー的にはもうひとひねり欲しかった。
 テーマやキャラクターが魅力的でも、あくまでもミステリーの賞である。フェアに読者を「あっ」と言わせる作品を期待したい。

吉田伸子

 今回は「改稿」について考えさせられた選考会でした。二次に残った作品に、「改稿作」が目だったためです。 極論かもしれませんが、自身での改稿は時間の無駄だと思ってください。というのは、自分の作品を自分「だけ」で改稿することには限界があるからです。 自分が、ここはどうしてもカットできない、というこだわりのシーンが、第三者の読み手からすれば、ただ冗長なだけのシーンだったりもするのです。 それよりも、新作を書くことに力を注いでもらいたと思います。愛着、思い入れのある作品ならば、デビュー後に担当編集者さんとの共同作業で改稿すればいいのです。
 別の賞でだめだった作品を、自分一人でいくらこねくり回してみても、ブラッシュアップにはならないのです。 それよりも、どんどん新作を書くことこそが肝要であることを、応募者の方には心に留めておいていただきたいと思います。

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