- 受賞者:
- 北村 薫(きたむら かおる)
- 選考委員:
- 大沢在昌、権田萬治、西村京太郎、東野圭吾、森村誠一
- 選考経過:
- 作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
- 贈呈式:
- 2016年3月16日 帝国ホテル(東京・内幸町)
受賞の言葉
大賞
北村 薫(きたむら かおる)
小学生の頃、図書館にあったルパンシリーズ『8・1・3の謎』を読んだ。犯人の正体を明かされたところで、文字通り仰天した。
”あれ”を意外と思えるくらい純真だった。
高学年でクイーン、カーを知り、中学生になると、鮎川哲也先生の本に進む。
読売新聞の夕刊に《推理小説界に足を踏み入れてから、そろそろ二十年に及ぼうとしている》と
中島河太郎先生が語り出す「推理小説と私」が連載され始めると、嬉々として切り抜いては紙に貼り、一冊の本にまとめた。
半世紀以上前のことになる。ここに正確に引用できるのは、今も、それを持っているからだ。
鮎川先生、中島先生、さらに数多くの星々の名に連なる、この賞をいただけることを、
昭和三十年代のわたしに告げたら、『8・1・3の謎』を読んだ時よりも驚くだろう。
長い年月、《ミステリー》を変わらず愛し続けてきたことに対し、身にあまるご褒美をいただけた――という思いでいっぱいである。
選考委員【講評】(50音順)
大沢在昌
北村薫さんのお仕事を拝見していると、今はあまり使われなくなった「教養」という言葉がいつも頭に浮かぶ。
わかりやすい言葉と用例で、現代の読者を古典文学へと導く評論活動は、
北村さんにしかなしえないもので、「ああ、この国の出版界に北村さんがいてくださってよかった」と思わずにはいられない。
と同時に、北村さんの出現なくして、日本のミステリーは「日常の謎」というジャンルを得られなかった。
今このジャンルは豊穣で、続々と後継者が生まれている。
本賞をさしあげるのが遅きに失したのではと恐れていたが、受賞を快諾してくださり、ほっとした。
おめでとうございます。
権田萬治
北村薫氏は、日常の生活に潜む謎をユニークな名探偵とワトソン役がコンビを組んで
見事に解決する新しいミステリーの旗手として知られている。
日常の謎を扱うものには、英米のコージー・ミステリーがあるが、
北村氏の作品は、落語家の春桜亭円紫が日常生活に潜むさまざまな謎を見事に解明するデビュー作の
連作短編集『空飛ぶ馬』で明らかなように、探偵役一つ取っても日本独特のものである。
翌年同じコンビが活躍する『夜の蝉』で推理作家協会賞を受賞以後も、
次々と個性的で魅力的な名探偵を登場させ、人気を集めているが、
『スキップ』をはじめとするSF的な作品にも非凡な才能を発揮している。
特に注目されるのはミステリーを始めとする豊かな文学知識である。
その一端は、創作だけでなくアンソロジーの編集にも生かされているが、
謎解きを重視する氏の確固たるミステリー観がうかがえる。まさに大賞にふさわしい作家である。
西村京太郎
今回は諸事情により、選考会を欠席することとなりました。
選考については委員のみなさまに一任いたしましたが、北村薫さんが受賞されることには、まったく異存がありません。
本当におめでとうございました。
東野圭吾
私がデビューした当時、ミステリといえば殺人を扱うものと相場が決まっていた。
実際、多くの作品に、「○○殺人事件」というタイトルが付けられていた。拙著にもいくつかある。
そんな常識を覆したのが北村薫さんで、日常の何気ない謎だけで一本のミステリを作れることを証明してみせた。
そういうことをした作家がいなかったわけではないが、セールスポイントとして前面に押し出した功績は大きい。
北村さんの登場で、ミステリに、「日常の謎」というジャンルが加わったのである。
それによって、まだ世に出ていなかった多くの作家志望者が、殺人を扱わなくても、
あるいは警察捜査や法医学などに詳しくなくてもミステリは書けるのだ、と勇気づけられたはずだ
。事実、このジャンルを手掛ける作家が何人も登場し、現在も活躍している。
今回から選考に加わったが、じつは委員を依頼された際、真っ先に私の頭に浮かんだのが北村さんの名前であった。
その名が候補者リストに入っていたのだから、迷う余地は全くなかった。
森村誠一
最もミステリーに近い北村薫氏の受賞はまさに待ちかねていたところです。
国内だけではなく、海外ミステリーに広く通じており、日常の中からミステリー、意外な謎を見事に解き明かす手腕は抜群である。
本来のミステリーは非日常で、読者は上流階級や奇人であったのが、北村さんに日常へ引っくり返された。
つまり、平凡な人生、ごく普通の人間からかけ離れたミステリーを、エンターテインメントにした功績は大きい。
ある意味では特定の人種に限られていた純文学を庶民に解放したようなものである。
そして庶民が特別の読者を圧倒していく。推理にも、本格、変格、社会派やSF、ファンタジー、ホラー、冒険など
賑やかであるが、ミステリーを支える共通の柱は、推理と小説の結婚である。
エログロナンセンスのミステリーとお高い小説の仲人が北村さんであり、
氏の多彩な作品が文芸というとてつもない大宇宙を日常にしてしまったのである。
彼にとってこの度の受賞は、広大なミステリーであると同時に日常なのである。
受賞おめでとうございます。