一般財団法人光文文化財団

第17回日本ミステリー文学大賞新人賞選評

>嶋中 潤(しまなか じゅん)

受賞作:
『代理処罰』(「カウントダウン168」改題)
受賞者:
嶋中 潤(しまなか じゅん)(市川智洋改名)
受賞者略歴:
1961年千葉県生まれ。リクルートグループを経て、宇宙関連企業で国際宇宙ステーション関連業務に従事。現在、宇宙関連団体に在籍中。
選考委員:
あさのあつこ、笠井 潔、今野 敏、藤田宜永
選考経過:
応募203編から、2次にわたる選考を経て、最終候補4編に絞り受賞作を決定。
贈呈式:
2014年3月17日 東京會舘(東京・丸の内)

受賞の言葉

大賞

嶋中 潤(しまなか じゅん)

 四年に一度のオリンピック。選手はもちろん、コーチや監督、最後は国民が一丸となってメダルを目指す。 だが、メダリストになれた者の数十、いや数百倍、手にできず夢破れた選手たちが生まれる。どうしてもそちらを見てしまう。残酷にさえ思える。
 日本に多数ある文学賞。オリンピックの何倍も間口が広いのにどうしても手が届かない。 毎年一作。そう誓い、それだけは続けてきたが、四度のオリンピックがその間に過ぎた。
 受賞の報を聞き、喜びよりもまず、ようやくとの思いが浮かぶ。だが次に、読者の手元に届くであろう作品を思い描くと、途端に気持ちが揺らいだ。 しかしこれこそが作家への一歩なのかもしれない。はじめてそう感じた。
 過分なる賞を多くの支えの下にいただいた。
 これまでより何倍も厳しいであろう道だが、自分で選び、つかんだ道。一歩一歩、自分のペースで書き続けていきたい。 きっとそれこそが、最大の恩返しになるはずだから。

選考委員【講評】(50音順)

あさのあつこ

 今回初めて、選考に加わらせて頂いた。ずしりと重い原稿の束が手元に届いてから選考会に臨むまでの日々は、 ある意味心が弾むような、ある意味疲れ果てるような奇妙な時間だった。
 最終候補作四編。それぞれに個性と重みと美点と瑕疵(かし)がある。 何度か読み返し、推すのなら『炎冠』と『カウントダウン168』の二つかなと考えつつ選考会場に向かった。
『炎冠』は、女性ランナーが都心で爆死するという何とも派手な場面で始まる。 国民的マラソンランナーが爆弾を無理やり装着させられたまま東京マラソンのコースを走るという、奇想天外な発想には目を見張った。 しかし、犯人の正体や女刑事が犯人に気が付くきっかけがお粗末でありきたりに過ぎた。 突拍子もない発想を生かすのはリアルな細部であり、作者の人間を洞察する視(め)に他ならない。 受賞作『カウントダウン168』は安定した筆致で読ませる。家族を守ろうと奮闘する男の姿は古臭いようでありながら、心を打つ。 愚直なまでの真摯さで作品に向かい合おうとする作者の心意気は貴重だと思う。ただ、わたしは悠子という少女の描き方がどうにも納得できなかった。 彼女の葛藤、性質、想いこそが核にならなければ、この小説は成り立たないと思う。そこが甘く、薄い。 だから、緊張感が欠落し、作品の輪郭が曖昧になってしまった。何のために誰を描くのか。 腰を据え、覚悟を定め、書き続けてほしい。一作ごとに力を蓄えられる書き手だと思う。
『コンプライアンス』と『沈黙の祈り』は、どちらも組織の内にある悪を炙り出そうとした作品だ。 巨大組織の腐敗が次々と明らかになっている昨今、大きなテーマに挑んだ作者たちを称したい。 しかし、内容はあまりにご都合主義でリアリティに乏しい。登場人物も魅力がなく視点のぶれも気にかかった。 一作を書き上げ、推敲し、さらに書く。その繰り返ししか道はないと肝に銘じ再挑戦を。

笠井 潔

 一般に小説は〈説明〉、〈描写〉、〈会話〉の三要素からなるが、栁沼庸介『コンプライアンス』には〈描写〉の要素が基本的に存在しない。 小説以前の書き物といわざるをえないわけで、これでは困る。戸南浩平『炎冠』の場合、三人称視点が一場面で人物間を移動する、 三人称視点と一人称視点が混在するなど、視点問題の処理にいささか難がある。自由間接話法など、三人称小説のテクニックが使いこなせていない。 警察という男社会でセクハラに耐えながら奮闘する若い女性刑事というキャラクターも、いまでは凡庸すぎる。 『コンプライアンス』では〈操り〉、『炎冠』ではバールストン・ギャンビット(犯人を死者に見せかける探偵小説のテクニック)と、 高度なミステリ技法を使っているのだが、謎の提示と解明の論理に未熟さが目立った。 大学空手部を舞台にした村瀬渉『沈黙の祈り』は、物語の設定や登場人物の心理に難点が多い。 たとえば「私設警官」の設定や、レイプ被害女性の心理と行動など。 市川智洋『カウントダウン168』は、〈描写〉や視点、物語の大枠など、他の三作と比較して無理は少ない。 ただし難点は、いまのままでは誘拐ミステリとしての真相が見えすぎること。誘拐事件としては例外的に、 身代金の受け渡しまでに一週間の猶予を与えられた点などから、少なからぬ読者が真相に辿りつけそうだ。 人物像のリアリティ不足は否めないし事実誤認も散見されるが、単行本化にあたっての加筆修正は可能だろう。 他の選考委員もおおよそのところ同意見で、『カウントダウン168』に授賞が決定された。
 今回から選考を担当することになったのだが、候補作の作者が例外なく中高年男性である事実に少し驚いた。 もともと小説は女性の、そして若者のものである。次回は二十代、三十代や女性の応募作にも期待したい。

今野 敏

 今回の応募作を読んで、感じたことは、書き手の中で整理が付いていないということだった。 作家は、小説を通じて自分の思いを読者にちゃんと伝えなければならない。そのためには、技術も必要だが、まずは作品に込める「思い」が何より必要なのだと思う。
『コンプライアンス』は、二重の操り犯罪という困難なアイディアに挑戦したという意気込みを買いたい。 だが、残念ながら、設定に無理があると感じてしまった。説明が多すぎて読者の関心を引っぱって行くストーリーが作れなかった。
『炎冠』は、文章も比較的読みやすく、前半は、興味を引かれつつ面白く読めた。だが、残念なことに、中盤以降に荒さが目立った。 意外な犯人を仕立てた意図は理解できるが、もう少し布石を打っておかないと、読者に唐突感を与えるだろう。 爆弾処理のシーンは、あまりにありふれたエピソードなので、一気に興味が削がれてしまった。それが惜しまれる。
『沈黙の祈り』は、実はけっこう楽しく読んだ。というのも、頭の中で時代ものに置き換えて読んだからだ。 大学の廃部問題を、藩のお取りつぶしに置き換え、主人公を家老などに置き換えてみた。すると、実に活き活きとした物語に感じられた。 しかし、それはつまり、現代を舞台にした小説としては、疑問点が多いということになる。警察の動きを含め、もっと検討する必要があるだろう。
 受賞作に決まった『カウントダウン168』は、『炎冠』とは対照的で、中盤から徐々に面白くなる。ただ、主人公や警察の動き方がどうしても不自然に感じられる。  これは、作者の都合で登場人物を動かしているからで、読者を納得させるためには、もう少し考える必要があるだろう。 娘への思いなどを過剰に感傷的に書きすぎて、かえって切実さを削いでいるように思える。ともあれ、読者の興味を絶やさない力があったと思う。

藤田宜永

 『コンプライアンス』は、企業物ミステリ。私の知らない大会社の内情を教えてくれる作品だった。 当然、多くの社員が登場するわけだが、その書き分けが不十分で、犯人像も今ひとつ浮かんでこなかった。 警察小説にも言えることだが、登場人物の数が増える作品は、書き分けが大変難しい。そこに注意を払い、誰が中心人物なのかを色濃く伝える技が必要である。
『沈黙の祈り』は大学の空手部を舞台にした学園ミステリ。この作品も、私にとっては門外漢の世界だから興味深く読んだ。 しかし、ミステリとしての荒さが気になった。重要参考人である人物が逮捕起訴されたのかどうか、はっきりしないので戸惑いを感じた。 この人物がまったく登場しないことも含め、課題の残る作品だった。 『炎冠』は、マラソンランナーを爆殺するというアイデアを、或る程度上手にこなした作品だった。
四作のうちで一番読みやすく、私はこの作品の受賞もありえるだろうと思って選考会に臨んだ。しかし、賛同は得られなかった。 犯人のアシスタントが大団円に近づいた時に、突然、登場してくるのはいただけない。前半部分で、さりげなく出しておくべきだろう。 戸南さんのものは、これまで何本か拝読している。作者の小説観には一貫性がある。人間心理に深く入り込むことを避け、軽く表層的に扱う。 それが作者の持ち味と好意的に読んだのだが、やはり、もう一皮剥けないと、この手の作品は受賞に届きにくいのだろう。
『カウントダウン168』は、娘の誘拐事件の真相に迫ろうとする父親が主人公。他の作品と違って三人称一視点で書かれた、家族をテーマにしたミステリである。 違う登場人物の視点に入れない分だけ、物語の拡がりはないが、書き切った努力に好感を持った。 ミステリとしての欠点、文章のゆるさ等々、気になる点が多々あるが、この作品の受賞もありえると思っていた。 戸南さん同様、市川さんの作品も私はいくつか拝読している。 流行り物に惑わされずに、オーソドックスなミステリを、丹念に描いていかれることを、私は市川さんに期待したい。受賞、おめでとうございます。

候補作

 予選委員は、円堂都司昭・香山二三郎・新保博久・千街晶之・細谷正充・山前譲・吉田伸子の7氏。候補作は下記4作品です(タイトル50音順)。

「炎 冠」
戸南浩平
「カウントダウン168」
市川智洋
「コンプライアンス」
栁沼庸介
「沈黙の祈り」
村瀬 渉

 なお、予選会に先立ち、応募総数203編のなかから、1次予選を通過した21作品は下記の通りです(応募到着順)。

「ジーンズ・ハンター」
中村孝志
「決起にアイドル」
門田艦攻
「ドミノ」
要田揚平
「手紙の中のロミオVSジュリエット」
三月 行
「信長くんに花吹雪」
富原田りんね
「コンプライアンス」
栁沼庸介
「三本の指」
夏みちる
「ソロ・バタフライ」
宮本あおば
「シスト」
天利礼二
「KILLING CHAIN」
友広伸爾
「炎冠」
戸南浩平
「道しるべ~その二人、れっきとしない刑事なり~」
要田揚平
「亡者の篝火」
檀 文晴
「沈黙の祈り」
村瀬 渉
「ピック症候群」
野口 歩
「ブラックボーン」
伊片達成政
「十億秒の兄弟」
岩井啓庫
「オプトブレイン」
柳井政和
「ボナパルトへのフィリア」
小川将吾
「ビッグブラザー」
若王子泉
「カウントダウン168」
市川智洋

【予選委員からの候補作選考コメント】

円堂都司昭

 最終候補4作を決定する前の一次選考通過は21作品だった。どれも予選委員がどこかに良い点を見出した作品である。 とはいえ、この段階でも、きちんと推敲して投稿したのかと疑問に思うものが多かった。
 魅力的な状況を前半で作っていても、後半で駈け足になる、つじつまのあわせかたが強引すぎるなど全体のバランスが整っていない例が目立つ。
 また、すでに新人賞への応募経験がある人たちにいいたいのは、これまで書いたものに比べて成長したと、胸を張れる作品を投稿しているかということ。 過去に一次、二次選考を通ったからといって、自分の殻を壊そうとしないまま書き続けるならば、書きなれてある程度のレベルは維持できても、やはり受賞には至らないだろう。
 自分の作品を別人になったつもりで読み返し、全面的に書き直すことも厭わない勇気を持って推敲してほしい。

香山二三郎

 字間を広く空けた原稿が相変わらず多くてまいった。自分で再読して読みにくいとは思わないのだろうか。 最終候補に残った作品の多くは常連応募者の作品だったが、さすがに印字からしてきっちりしていた。字間設定にはくれぐれもお気を付けて。  他の作品では、ヴィンテージ・ジーンズをめぐる追跡小説『ジーンズ・ハンター』、 女子高生のノワールなキャラが光っていた学園サスペンス『ピック症候群』、 タフなトラブルシューターが一五年前の新興宗教テロに絡んだ兄にまつわる事件に巻き込まれる『ビッグブラザー』等が目についたが、 ミステリー趣向が弱い、構成や会話に不備が目立つ、既存の題材に寄りかかっているなど、反対意見が出された。 自分独自のテーマ選び、話作りに力を注ぐのはもちろん、書き終えた後の推敲にも、じっくり時間をかけていただきたいと思う。

新保博久

 1次予選通過作でこれはと思ったものはおおむね最終候補に残っているので、ここでは1次で落としたある応募作について書く。 達者な書きぶりで感心していたのだが、P・D・ジェイムズ著『女には向かない職業』の浪花オッサン版かという予想を外してゆくのはいいものの、 途中で主人公が不必要に残酷な行為に走る。走ってもいいが、顔を傷つけられた女は主人公を絶対に許さないだろうに、 その後も行をともにするのがあり得ない展開と映った。 もう一つ問題は、タブーに触れかねない題材を扱っていることで、あえて挑戦する意気は買えても、 それをエンターテインメントとして出版させようとするなら、普通以上に高い完成度が要求される。 この2点において落とさないわけにいかなかった。
 以上は、その応募者のかたにだけ申し上げたいのではありません。

千街晶之

 今回の最終候補に残った四作品は、欠点も目立つがそれを相殺する美点もある作品と、全体的な完成度の高さやリーダビリティで勝負した作品とに分かれた。 戸南浩平『炎冠』と栁沼庸介『コンプライアンス』は前者であり、市川智洋『カウントダウン168』と村瀬渉『沈黙の祈り』は後者だ。 欠点はないに越したことはないのだが、「自分はこれで受賞するぞ」という気合いが作品から感じられるかどうかはやはり重要だ。
 あと一歩だった若王子泉『ビッグブラザー』はリーダビリティの高さを評価したが、ある人物の行動原理が不自然という指摘には反論が難しかった。 同じくあと一歩組の天利礼二『シスト』は大きな欠点はないものの、よほどの新機軸がない限り評価し難い伝染病テーマを選んだこと自体、 自分でハードルを上げすぎた感がある。 応募者のうち何人かには、六百枚ぎりぎりまで書くのは無駄な努力なので、そのぶん要らない箇所を削る方向で作品の完成度を高めてほしい、と言っておきたい。

細谷正充

 一次選考、二次選考を通じての印象ですが、ミステリーのジャンルに入れるのは苦しい作品が、一定数ありました。 現代伝奇小説や、ホラー小説に、小手先の謎を付け加えてミステリーだといわれても、高い評価を与えることはできません。 これは、日本ミステリー文学大賞新人賞です。自分が書いている小説は何なのか、自分の書きたいジャンルは何なのか、 しっかり見極めてから、送るべき新人賞を決めてください。手当たり次第に送っても、いいことはないです。
 そして、これに関連した話になりますが、応募者の皆さんは、作家になりたいのでしょうか、小説を書きたいのでしょうか。 もちろん創作のモチベーションは各人の自由であり、こちらがとやかくいうことではありません。 でも個人的には、作家になれるならジャンルなど何でもいいという人より、ミステリーを書きたいという熱意の伝わってくる作品を執筆している人に、好意を抱きます。

山前 譲

 1次予選で読んだ作品に、10代や20代の作者が目立った。そして、いくつかの作品では、キャラクターの書き分けも巧みな、しっかりとした文章に驚かされた。 『凍て付く太陽』、『月の陰影』、『十億秒の兄弟』といった作品である。
 ただ、家族であったり学校であったりと、作品世界がどうしても狭くなってしまうようだ。 そこに止まっていては、ミステリーとして、なかなか新しい趣向を織り込めないように思う。 結果的には、選挙を絡めて独特の歪んだ心理を描いた、『十億秒の兄弟』だけを2次選考に上げたのだが、他の2作品の作者もこれから大いに期待したいところだ。
 そして2次選考でも、大学生の合作による本格ものなど、今年は若い世代が元気だった印象がある。 若ければいいというものでもないけれど、フレッシュな感性をフルに生かして、「今」をミステリーで描いてほしい。

吉田伸子

 今回、気になったことが二点あります。
 一つは「推敲」。文字の誤変換というのは、読みの「音」で推察することはできるのですが、読んでいる流れが、その箇所でつっかえてしまいます。 長編のなかで、一カ所、二カ所くらいなら許容範囲ではありますが、それでもマイナスポイントである、 ということを書き手の方に心に留めておいていただければ、と思います(単語の誤変換はもちろんですが、 「てにをは」の誤変換、登場人物の名前の誤変換等にも留意してください)。そういう些細なミスは、推敲することで防げることだと思います。
 もう一つは、「登場人物の名前」です。山村と山内とか、同じ漢字を用いた人名が複数出て来るのも、やはり読みづらいです。 こちらも些細なことですが、そういう細部こそが、物語を支えていることも、また事実なのです。

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