- 受賞者:
- 逢坂 剛
- 選考委員:
- 大沢在昌、権田萬治、西村京太郎、森村誠一
- 選考経過:
- 作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
- 贈呈式:
- 2014年3月17日 東京會舘(東京・丸の内)
受賞の言葉
大賞
逢坂 剛
事実上の処女作、『カディスの赤い星』を世に出したい一心で、とりあえず作家になろうと腹を決め、
新人賞への応募を始めたのが一九七〇年代の後半だった。
その結果、八〇年にオール讀物推理小説新人賞を受賞し、八六年には『カディス……』を刊行する、
という所期の目的を果たした。ついでに、直木賞受賞というおまけまで、ついてしまった。
したがって、本来はそれで筆を折ってもよかったのだが、編集者や読者の期待に励まされて、
その後も作家を続けることになった。そうした営為が、今日まで三十三年間も続いたという事実に、自分でも驚いている。
まだ、この賞に値する実績を上げたという自覚はないが、ここでわたしがしかるべく片付いておかないと、
あとから来る後輩作家にも迷惑がかかるだろう。
ありがたく栄誉を受けるゆえんである。
選考委員【講評】(50音順)
大沢在昌
スペインを舞台あるいは題材に、近代史をからめたミステリは、逢坂さんの独壇場といってよい。
これまでも、そしておそらくこれからも、逢坂さんほどの知見をもった書き手は登場しない。まさに「一人ジャンル」である。
近年は時代小説にも手を染めておられるが、現代ものとのバランスをうまく配分し、どちらも旺盛な執筆活動をされている。
と、カタい講評はここまでにする。逢坂さんは、私にとってデビュー来の戦友であり、
ライバルで飲み友達で、日本推理作家協会理事長のバトンを渡された、かけがえのない仲間だ。
したがってこうして講評の対象にするのも照れくさい存在である。
本当はおめでとうとしか書きたくない。受賞はもちろん当然で、恩を着せるわけにもいかない。
おめでとうございます。逢坂さんも照れくさいでしょうが、ここはひとつ盛り上がりましょう。
権田萬治
直木賞を受賞した『カディスの赤い星』をはじめとする冒険小説、
『裏切りの日々』や『百舌の叫ぶ夜』などのハードボイルド・タッチの公安警察もの、
『水中眼鏡の女』などのニューロティック・スリラー、さらには時代ものの近藤重蔵シリーズ、等々、
逢坂剛のミステリーの守備範囲はかなり幅がある。しかも一作一作が丹念に作られていて期待を裏切られない。
これら氏の作品の根底に秘められているのは、若き日に打ち込んだフラメンコギターへの強い愛着、
内乱当時の政治状況に対する深い関心など、スペインの政治文化に対する熱い想いと、
アメリカのハードボイルド・ミステリーや西部劇への傾倒である。
このことは氏が柔軟な読書人であることと相まって湿っぽい日本的風土の中で
独創的な良質のエンターテインメント小説を作り出すうえで大きな力になっていると思う。
大賞受賞は当然で、一層のご活躍を心から期待したい。
西村京太郎
ミステリー、特に冒険小説の分野での逢坂さんの活躍ぶり、貢献の度合いは、
すでに衆知のことで、私なんかより、逢坂さんのファンの人たちが、作品の素晴らしさを楽しんでいることで、はっきりしています。
正直にいえば、私自身も逢坂さんのファンの一人で、ここでいろいろ講評を書くより、作品を読んでいただきたいのです。
そんなわけで、逢坂さんの作品評は、他の選者に委せて、私は、日頃、逢坂さんを羨ましいと思っていることを書いておきたいのです。
最近特に感じるのは、どうして楽器の一つでも弾けるようにしておかなかったのかという後悔です。
ピアノが弾けたら、ギターが弾けたら、どんなに豊かな人生を送れただろうかと思ってしまうのです。
逢坂さんは、プロ級の腕を持つフラメンコギターの奏者でもあると聞いて、
多分私の二倍の人生の楽しさを味わっていらっしゃると思っています。
ミステリーの作家としても、音楽を楽しむ豊かさでも、二重に脱帽しています。
森村誠一
この度の選考ほど、束の間に全選考員一致して受賞者が決定した例は、珍しいようである。
いずれも錚々たる候補者の中から、さしたる論議もなく、受賞が決定したのは、それだけ受賞者の存在が、
論考の余地もないほどに圧倒的であった事実を示している。
選考会出席のために家を出たときから、私の意識の中で受賞者が決定していた。
候補者はいずれも私的に親しい方々ばかりである。だが、この選考は候補者を含めて、どこからも異議は出ないという自信もあった。
逢坂剛氏受賞と満場一致で決定した後、余った時間で今後の選考が本賞の性格に照らして「圧倒的な存在」という点に絞って熟考、議論された。
O氏の「本賞は作品ではなく、人間にあたえられる」の言葉通り、キャリア、知名度、
推理文芸に対する貢献度、維持力メンテナンス等総合されての選考は、回を重ねるほどに難しくなるであろう。
その意味でも逢坂氏の受賞をこころから祝する。