第14回日本ミステリー文学大賞新人賞選評
- 受賞作:
- 『煙が目にしみる』(「ハッピーエンドは嵐の予感」改題)
- 受賞者:
- 石川 渓月(いしかわ けいげつ)
- 受賞者略歴:
- 1957年東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業。
- 受賞作:
- 『大絵画展』
- 受賞者:
- 望月 諒子(もちづき りょうこ)
- 受賞者略歴:
- 愛媛県生まれ。銀行勤務後、現在は学習塾経営。
- 選考委員:
- 綾辻行人、石田衣良、近藤史恵、藤田宜永
- 選考経過:
- 応募168編から、2次にわたる選考を経て、最終候補4編に絞り受賞作を決定。
- 贈呈式:
- 2011年6月28日 東京會舘(東京・丸の内)
選考委員【選評】(50音順)
綾辻行人
望月諒子『大絵画展』を推す。
すでにプロの作家として複数の著書を持つ人なので、さすがに小説を書く技術は安定している。才気も意気込みも感じる。
冒頭からするりと物語に引き込まれ、少なからず存在する問題点もさほど気にならないまま、たいへん愉しく読み通せた。
プロなのだからこのくらいは書けて当然、というような声もあったけれど、ここはあくまでも、一次・二次の予選を経て最終選考まで上がってきた一応募作品として、
書き手のキャリアは度外視して評価するべきだろうと考えた。
とある世界的な名画の行方を巡ってのコンゲーム小説、と云ってしまって良いだろう。
瑕瑾はいろいろ指摘できるものの、達者な文章で綴られるストーリーは容易に先を読ませずサスペンスフル。
読み手に与えるストレスとそのリリースの案配がとても優れているうえ、洒落っけたっぷりの外枠が読後感の良さに貢献しているのも美点だと思う。
戸南浩平『青の彼方へなお遠く』。アイディアやプロットは悪くないし、「謎→伏線→解決」というミステリーの手法について意識的な姿勢も評価したい。
のだが、主人公の十一歳女子の造形が度を越して「オヤジ的」である点に強く難を感じた。狙いは分からないでもないけれど、この失敗は厳しい。
市川智洋『明日への飛翔』は、嫌な云い方になるが、「小説になっていない」と思えた。
三人称多視点による群像劇を描くには、基本的な技術と筆力が足りていない。そのため、ありがちなB級アクション映画の原案、というふうにしか読めなかった。
石川渓月『ハッピーエンドは嵐の予感』。この手の和製ハードボイルドに対する個人的な好き嫌いの問題はさておくとして、
ここまでミステリー度の低い小説になると、どうしても僕は首を傾げざるをえない。
が、「これも広義のミステリーとしてOK」という話なのであれば、あまり強硬な反対もできない。
リーダビリティの高さは認めるところなので、『大絵画展』との二作同時授賞に賛成することにした。
石田衣良
今回は実力伯仲、ということはどの候補作も決定打に欠ける印象だった。
題材はそれぞれカラフルで、プロットも練りこんでいるのだが、それを支える筆力が弱いというのが全般的な欠点。
作中で扱う世界を削りこみ、リアルな手触りを描ければ、スリルも迫真力も増したのになあと惜しい気がした。
『青の彼方へなお遠く』
この作者は最終選考の常連だ。賞に手を届かせてあげたいと、関係者はみな思っている。
女児殺害にかけられた一億円の懸賞金を巡る物語はスピーディで、読んで面白い。
けれど探偵役の小学校五年生のヒロインとホームレスの会話は始終滑り気味で、台詞はどちらも完全に中年男性のもの。
そろそろ女と男のコンビ探偵の型を捨てたほうがいいのでは。次回作に期待します。
『明日への飛翔』
細菌テロを女性精神科医が阻止するプロットはハリウッド風。ヒロインの専門性はまったく生かされない。
女ランボー張りに身体を張っていく展開についていくのが困難に。ロケットから放たれた病原菌入りのカプセルを空中で捕獲する。
それも東京上空で、趣味でダイビングをかじった程度の女医が……。アイディアが先行しすぎた結果、惜しくも作品まで空中分解してしまった。
『大絵画展』
ゴッホの名画一枚のために、コンテナひとつ二千億円分の絵画を盗み出す。設定は痛快で、実行犯の落ちぶれた男女との対比が切ない。
ダイナマイトの使用法やなぜこのふたりが選ばれたのか、その理由は定かでないが、筆力は安定し最後には大絵画展という華やかなエンディングも用意されている。ぼくも同時受賞に反論はなかった。
『ハッピーエンドは嵐の予感』
福岡中洲の盛りを過ぎた街金業者が組織暴力団に挑むどこかで読んだストーリー。主人公がマムシで、自殺した親友はハブ。
おまけに敵の組織の幹部の名は大政小政。これは古いなあと思っていたが、案外しっかり面白い。語りに熱量があって、つぎつぎと事件をつなぐ腕も達者。
これまでの受賞作とはまったく異なる個性で票を集め、賞に届いた。おめでとう。
受賞者のおふたりにひと言。新人作家の生き残りは、ますます厳しくなっています。なんとか最初の五冊を出すまでは、石にかじりつくつもりで精進してください。
近藤史恵
『明日への飛翔』はロケットの知識などはおもしろく読んだものの、登場人物が作者の駒に過ぎない。
主人公が自滅的な行動をとるが、その言い訳に無闇に枚数が割かれる。言い訳より不自然な行動をさせない方が重要である。
また群像劇なのに、章が切り替わってもすぐに誰の視点かわからないのは大きな問題。悪とされるキャラクターが浅いのも気になった。
『青の彼方へなお遠く』はユーモアを含んだ文章のうまさ、読みやすさはあるが、大人びた少女にもホームレスにもリアリティが感じられない。
インパクトの強いキャラクターを作ることにとらわれず、作者が深く掘り下げられる人物を描くべきだ。
「この作者の世界」が強く感じられるのは魅力でもある一方、それを一度壊して踏み出さなければ、前進はないのではないか。
最後に登場人物のひとりがほとんどすべてを語って終わらせるというのも稚拙である。
『大絵画展』はプロだけに、複雑な構成の作品をうまく作り上げている。既存の事件や絵画をうまくアレンジする力もある。
ただ、構成が複雑なだけに、力の入った部分と粗雑な部分の差が歴然としすぎている。最後にあまりにすべてをまとめてしまったところも疑問は残る。
タイトルのイメージをうまく裏切るあたりはとてもおもしろいし、構成力も候補作の中では頭ひとつ抜けている。
ただ、読者は単に「うまくまとまった作品」を読みたいわけではない。そこがこの作者の課題ではないか。
『ハッピーエンドは嵐の予感』は古くさい作品である。しかし、このしょぼくれた中年男の物語には不思議な清潔感と魅力がある。
登場人物たちが、それぞれ「自分の正義感」を持っていて、それがひとつにまとまらないところなどとてもいい。
ただ、やはり小説として「新しい試み」は必要だ。でなければ読者にとっても新人の作品を読む意味がない。
図抜けた作品がなく、受賞作なしも考えたが、比較的美点の多い二作を受賞作とすることにした。
藤田宜永
『青の彼方へなお遠く』は文章のセンスを感じる作品だが、面白い話を作ろうとするあまり総花的になりすぎた。
認知症、記憶喪失といった〝訳が分からない人〟を利用する場合は特に扱いに気をつけてほしい。
『明日への飛翔』を読んで思ったのは、アイデアは面白いが、これは映画の原案だと。上手な監督、脚本家に任せたら、面白いものに仕上がる気がしたのだ。
しかし、小説としてどうなのか、と考えると、登場人物、場面等々の描き方に不満を感じた。
大団円で主人公が危険をおかしてスカイダイビングをするが、そうせざるをえない動機がよく分からない。
先にスカイダイビングのシーンが頭に浮かんだとしても、それまでの主人公の動きに納得できるものがないと、いい意味で読者を騙せない。
今回は受賞作が二作品となった。
『大絵画展』の作者はすでに何作かの作品を世に出しているプロだそうだ。さすがにプロだから文章には安定感があった。
以前の作品は読んでいないが、今回の作品は作者の小説観や資質に合っていないと感じた。
徹底的なコンゲームにすればもっとすかっとしたドラマになった気がする。この方は、大がかりではない作品でもって、読者をつかむことができるかもしれない。
もうひとつの受賞作『ハッピーエンドは嵐の予感』は、極めて古風な作りの小説である。
味わいは違うが、竹内力主演の『難波金融伝・ミナミの帝王』の博多版といってもいい人情ハードボイルド。
候補作の中で、この作品が一番安定して読みやすかった。しかし、欠点は、地上げ屋時代の主人公の悪さにはまったく触れられていないこと、
なぜ、メロンというオカマに心が動いたのかが不明……といくつもある。ユーモラスな小説にもぴりっとした毒があった方がより作品に厚みがでると思った。
日本人或いは日本で生まれ育てば、誰でも日本語ができる。ピアノを弾く、絵を描く、アニメや映画を作るよりも、小説ははるかに入りやすい分野だ。
誰もが小説を書け、それを発表する場もある。それは裾野が拡がっていいことだが、お手軽な分だけ、落とし穴もある。
アニメ、ゲーム、映画などなど……面白い物語はいくらでも見つけられる。応募者が問われるのは、なぜ活字で勝負をしたいのかということだ。
小説家になりたいのか、小説を書きたいのか、もう一度原点に立ち返って真面目に考えてもらいたい。
候補作
予選委員7氏=円堂都司昭、香山二三郎、新保博久、千街晶之、細谷正充、山前譲、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ選定(タイトル50音順)。
- 「ハッピーエンドは嵐の予感」
- 石川渓月
- 「明日への飛翔」
- 市川智洋
- 「青の彼方へなお遠く」
- 戸南浩平
- 「大絵画展」
- 望月諒子
応募総数168編から、1次予選を通過した17作品は下記のとおりです(応募到着順)。
- 「殺さずに葬るには」
- 浅沼 京
- 「灰色の谺」
- 新井達夫
- 「悪意のフェンネル」
- 一田和樹
- 「烈々たる希求」
- 加藤竜士
- 「イホウジンたち」
- 黒川真希
- 「音の跡」
- 志邑沙汽
- 「オールド・フレンド」
- 高井 恵
- 「航空救難」
- 高森 優
- 「ジャンプ・オーバー・ザ・ムーン」
- 竹内コウ
- 「欲望の方舟」
- 立花水馬
- 「贋物師見習い」
- 鶴水真由
- 「T・K・O city~テクニカル・ノックアウト・シティ~」
- 西山裕彦
- 「硬直(エプレプシー)」
- 前川 裕
- 「オベリスク」
- 真霧 翔
- 「追憶」
- 宮城正樹
- 「イルミネート」
- 横川正志
- 「愛のためなら」
- 六文 誠