一般財団法人光文文化財団

第23回日本ミステリー文学大賞講評

辻 真先

受賞者:
辻 真先(つじ まさき)
受賞者略歴:
1932年名古屋市生まれ。名古屋大学文学部卒業。ジュヴナイル小説、トラベル・ミステリーを量産する一方、 実験的なミステリーも多い。また、漫画・アニメ作品の小説版や、特撮作品での脚本も手掛ける。 1981年日本推理作家協会賞。2004年長谷川伸賞、2008年中日文化賞、2009年本格ミステリ大賞を受賞。 近著に『焼跡の二十面相』など。
選考委員:
赤川次郎、逢坂剛、佐々木 譲、東野圭吾
選考経過:
作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。

受賞の言葉

大賞

辻 真先

 長生きはするものだ、というのが最初の正直な感想です。ありがとうございました。 それにしても「学」と名がつく賞を頂戴したのははじめてです。 たしかにぼくは文学部を卒業したのですが、それ以後およそ文学とはかかわりないサブカルで道草しておりました。 学ぶというより遊ぶ気分でミステリとじゃれあっていたようです。 最初にひきずりこまれたのはご多聞にもれず江戸川乱歩で、昭和12年「少年倶楽(くらは旧字)部」 2月号誌上の「少年探偵団」と、紛れもなく記憶細胞に刻印されています。 以来えんえんと読み続け、そのうち魔がさしたように書き始め、まがりなりにもまだ書いているという、 諦めのわるい物書きがぼくです。 とはいえ経験年数は作者のぼくより読者のぼくの方がはるかに上ですから、まずは読者として多様に展開するミステリを耽読して、 少しでも作者のぼくの肥やしにしたい所存です。 どうぞよろしくとお願いしつつ、賞の関係各位に重ねて感謝申し上げます。

選考委員【講評】(50音順)

赤川次郎

 今回、大賞に辻真先さんを推すことに、いささかのためらいもなかった。
 私が最も尊敬するのは、どんな仕事にも優劣をつけない辻さんの姿勢である。 TVアニメの脚本でも、ジュブナイルの世界でも、「本格ファン」を唸らせるミステリーに挑むのと全く変らない本気度で取り組む。 執筆が忙しくなればなるほど、これはとても難しいことである。
 そこに私は辻さんの「職人のプライド」を見る。面白いエンタテインメントの書き手として、 常に「さすがは辻さん」と読者に舌を巻かせる、その職人芸。
 いや、辻さんに言わせれば、「楽しいからやっているだけ」なのかもしれない。
 間もなく米寿を迎える作家が、今も読み手を楽しませることに何より喜びを覚えている、その初心の貫き方こそすばらしい。 辻さんに大賞をさし上げることができて幸せである。

逢坂 剛

 辻さんの、飄々として悠揚迫らざるお人柄に、〈奇才〉という表現はあまり似つかわしくないかもしれない。 しかし、その作品における多彩な仕掛けを見るかぎり、〈奇才〉あるいはそれに凄みを加えた、 〈鬼才〉という呼び方しか思い出せないのだ。 ことに、一九九七年に上演された、日本推理作家協会五十周年記念の文士劇、『ぼくらの愛した二十面相』の脚本のすばらしさは、 今もってベテラン会員のあいだで、語りぐさになっている。 出演した、四十二人の推協会員の全員にきちんとせりふを与え、しかもそれにふさわしい見せ場を用意した、 あの脚本は天才のわざとしか思えなかった。 さらに最後の最後、だれも予想しなかった真犯人(?)の登場に、出演者全員が唖然としたのを、 ついきのうのことのように思い出す。 あの一作をもってしても、辻さんはこの賞にふさわしい功績を残した、とわたしは声を大にして言いたい!

佐々木 譲

 第23回日本ミステリー文学大賞を、辻真先さんにお贈りすることが決まった。
 辻さんは長く第一線で健筆を揮われ、わたしのような若輩者にはいまだに目標であり指針であって、 同時にチームのレギュラーメンバーであり、かつまたいつも同じトラック上に並ぶ競走相手でもあるという大先輩である。 その辻さんを、いまさらわたしたち後輩らが功績を讃え顕彰するというのも、何か妙なものだ。
 選考会の席でも話されたが、これは、おめでとうございます、という言葉を添えて辻さんに贈られる賞ではない。 むしろ、ありがとうございますと、お礼の言葉と共に差し出されるものだ。 選考委員の側、主催する側が、お前たちはやっとするべきことをしたね、と評価されるためにあった賞だという思いさえある。
 辻さんのお人柄では、絶対に同業者から「先生」と呼ばれることを受け入れないと信じ、敬称を略して書かせていただいた。

東野圭吾

 辻真先さんといえば『仮題・中学殺人事件』でしょう。私自身も最初に読んだ辻さんの作品です。 詳細はすっかり忘れてしまいましたが、意外な犯人についてはしっかりと覚えています。それほど衝撃的でした。 奇想を好むミステリ作家ならば、一度は思いつくアイデアかもしれません。 しかしそれを作品に仕上げるとなると至難の業なわけで、今回の選考の途中でも、 「一体、どんな手を使ったんだったっけ」と思い出話に花が咲きました。
 もう一つ忘れられないエピソードを、ほかの委員が指摘してくれました。 一九九七年に日本推理作家協会創立五十周年の企画として文士劇が行われたのですが、その脚本を書いてくださったのが辻さんでした。 総勢四十余名の作家が登場したのですが、その全員にきちんと台詞と見せ場がありました。 あんなことができたのは辻さんをおいてほかにいない、それだけでも今回の授賞に値する、という意見に私も賛同しました。 今後ますますの御健筆に期待しています。

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