- 受賞者:
- 船戸与一(ふなど よいち)
- 選考委員:
- 大沢在昌、権田萬治、西村京太郎、森村誠一
- 選考経過:
- 作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
- 贈呈式:
- 2015年3月18日 帝国ホテル(東京・内幸町)
- 特別賞:
- 連城三紀彦(れんじょう みきひこ)
受賞の言葉
大賞
船戸与一(ふなど よいち)
病いを得て荻窪の陋屋(ろうおく)に隠棲し、体調のいいときに原稿用紙に向かうという暮らしを
している身には世間というものがわからなくなって来ている。
むかしは解放区のように感じられた新宿もいま足を踏み入れるとまったく知らない街のようだ。
状況と伴走すると豪語していた過去が恥ずかしい。ここ数年は取材めいた行動とは縁遠く、
ひたすら文献との対話を繰りかえす日々である。
この賞は十年掛かりで書きつづけて来た『満州国演義』最終巻を脱稿した翌日に受賞通知を受けた。
わたしはここ一年間第八巻以外上梓してないので、どの作品で選ばれたのかと訊いた。
これは作品賞ではなく小説家個人に与えられるものだというのがその答え。
わたしは本格推理を手掛けたことは一度もなく、ずっと傍流を泳いで来たのだ。
ミステリー小説に貢献したとも思えないので大いに戸惑ったが、
忝(かたじけな)く頂戴(ちょうだい)することにした。
選考委員【講評】(50音順)
大沢在昌
日本の冒険小説、いや推理小説の世界において、世界の辺境、そして少数民族といったテーマに日本人をからめ、
スケールの大きな小説を書く作家は、船戸与一氏以前には存在しなかった。
その巨大な作品群は、デビューから三十五年たった今も、他の追随を許さない。
「小さな土壌に大木は育たない。少しくらい枝ぶりが悪くたって、でかい木をつくるほうに情熱を、だな」とは、
かつて船戸氏が自らの創作精神について語った言葉だが、その大木にこうして実りをさしあげられるのは、選考委員としての喜びだ。
船戸与一という作家と同時代、作品を発表し、競いあったことは、私自身にとっても大きな誇りである。
おっちゃん、おめでとう。
権田萬治
多くの冒険小説の中で、船戸与一氏の作品は常に世界の辺境に目を凝らし、
そこに生きる少数民族の運命に強い関心を抱き続けて居る点で、ひときわ異彩を放っている。
『山猫の夏』をはじめとする南米三部作はその好例だが、一人の若者が北アフリカのゲリラと戦う傭兵として
残酷な殺戮の世界に身を投じ、冷酷な殺人者に変貌していく姿を鮮烈に描き出した『猛き箱舟』や、
山本周五郎賞を受賞した、日本人をからめてクルド人民族の独立闘争を浮き彫りにした『砂のクロニクル』など
多くの作品群は、長い年月を経た今も、なお現実感を失っていない。
『蝦夷地別件』からは、独自の視点に立つ歴史小説に関心を移し、大部の『満州国演義』に取り組むなど意欲的である。
まさに大賞を受賞するにふさわしい作家である。
なお、今回は氏以外に先ごろ亡くなった連城三紀彦氏に特別賞を贈ることが全員一致で決まった。
多くの優れたミステリーを残されたことを考えれば、当然の受賞といえよう。
西村京太郎
船戸与一さんの小説を読んだときのショックは、大きかった。
それまで外国人を出したり、外国を舞台にした小説は、読者が感情移入できないからと言われて、書くのをやめていたのだ。
船戸さんの小説を読んだとたん、おかしいじゃないか、世界を舞台にした小説だって、
いや、その方が面白いじゃないかと、愕然としたのである。
考えてみれば、狭い日本を舞台にするより広い世界を相手にした方が、面白いに決まっている。
もちろん、それにふさわしい才能も必要である。
船戸さんには、その才能も、視野の広さもあるのだから、どんどん日本を飛び出して、大きな小説を書いてください。
連城三紀彦さんの方は、私の苦手な作家である。
世の中や人間に対する細やかな愛情や艶のある文章は、私にはとても真似が出来ないからである。
いつも読み終わると脱帽してしまう。その連城さんが亡くなってしまった。
今回特別賞を差しあげたいという話に、全く異議はありません。
森村誠一
船戸与一氏とは私的な交際は薄かったが、氏の作品の愛読者としてはかなりの線を行っていたとおもいます。
特に好きなのは、『山猫の夏』と『砂のクロニクル』です。
意外な出会いもあった。『問題小説』一九九六年八月増刊号で異端の巨人(故)大藪春彦について二時間以上語り合った。
その時の語り合いは、すでに十年以上のつき合いがあるような熱い情熱に満ちた、
大藪氏を触媒として船戸氏と語り合った濃密な時間であった。
なかでも「(前略)向こうは障子にペニスを突き刺すだけだけども、こっちは銃で撃ち殺すんだと言った(後略)」と終始こんな感じでした。
その船戸さんの受賞は、感無量です。対談中、私が「これから(船戸さんは)直木賞を取るかもしれない」と言ったら、
船戸さんは「あり得ませんよ」と答えた。それが「あり得た」。
そして今、日本ミステリー文学大賞を受賞した。改めて、受賞をお祝いします。
故人ではあっても連城三紀彦氏の特別賞受賞を、作家であると同時に歌人であった氏を偲んでお慶び申し上げます。