一般財団法人光文文化財団

第30回日本ミステリー文学大賞新人賞

最終選考候補作

 予選委員7氏=円堂都司昭、佳多山大地、杉江松恋、千街晶之、西上心太、細谷正充、吉田伸子+光文社文芸編集部が10点満点で採点、討議のうえ予選を通過し最終選考に残る作品を決定(候補者50音順)。

「離島」
オオノヤ
「夜明けと洋燈 ~小樽がたり~」
柏村 純
「デンドライト」
雲井登一
「アイス・スチール/チョコミント」
栗岡志百

  応募総数236編から1次予選を通過した21作品は下記のとおりです(応募到着順)。

「沈黙のサクリファイス」
野林賢太郎
「記憶のルーティーン」
黒蜜きなこ
「Rafiq ―ラフィーク―」
松原 彗
「十七段目のデリート」
赤城 一
「浅草サンシャイン・ボーイズ」
相羽廻緒
「技師は仕事を愛しすぎた」
友笠耀介
「夜明けと洋燈 〜小樽がたり〜」
柏村 純
「デンドライト」
雲井登一
「水位線の殺人」
二条理
「運転者不在 ―想定しない設計―」
守川聡史
「トラッシュバーン・ベイビーズ」
秀島一希
「アイス・スチール/チョコミント」
栗岡志百
「The/Das Gift 銃後の蝶の哀歌」
馬上 怜
「漂流少年殺人事件」
読水聖人
「虚業の城」
高城伊織
「離島」
オオノヤ
「不可侵領域」
沙魚川 弦
「深海に泳ぐクマノミ」
京野 旭
「グッバイ、ウエディング」
市岡 真
「沈黙の聖域」
服部 修
「ふしぎと生きる町」
村井なお

【予選委員からの候補作選考コメント】

円堂都司昭

 この場面で誰と誰がなにをしているのか。それは、物語の起承転結のどの部分にあたり、全体のなかでどのような意味を持つのか。作者自身が、そのことをしっかり把握していなければ、読者に意味は伝わらないでしょう。
 例えば、物語冒頭で大勢が話している。個々の喋り方に個性があるとか、ト書きでそれぞれの見た目やしぐさの特徴が記されているとか、登場人物の書き分けがされていなければ、読者は誰が誰かを見失ってしまいます。
 また、同じ出来事について、関係者一人ひとりの視点から順に語っていくとする。各人の立場や性格の差から、事件がいろいろ違うようにみえてくる。そのように立体的に描ければ複数の視点を使う意味がありますが、違いを浮き彫りにできなければ、同じことを繰り返し書いているだけにみえてしまいます。
 自分が伝えたいことを読者にわかりやすいように書けているのか。そのことは常に意識してほしいのです。

佳多山大地

 われわれの暮らす現代日本が抱える諸問題(社会派テーマ)と切り結ぶ試みは、まちがいなく加点対象になります。が、それはたいてい物語の終盤にあらわになるのですが――投稿者自身の主張が強く前面に押し出され、急に説教臭くなってしまったと興ざめすることもしばしば。読者に伝えたいメッセージは、いわゆる地の文にではなく、また登場人物の長ゼリフにでもなく、その物語の展開が自ずと語るものであるのが理想と信じます。
 それと、もうひとつ。投稿者がふだん働く世界を背景に物語を仕立てることは、よく言われるように“デビューへの早道”でしょう。医師が医師を主人公に選んだり、弁護士が法廷ミステリーに挑んだり、と。いや、むしろ世にあまり知られていない職業に従事する投稿者が物した〈お仕事ミステリー〉のほうが、読者に好奇心を持って受けとめられることは当然です。ともあれ、よく知る世界であればこそ、専門的な用語や道具等について説明が充分なのか気にかけるのをお忘れなく。

杉江松恋

 求められているものは物語であって、書き手のご高説を拝聴したいわけではない、ということを改めて申し上げます。今回、題材が似た作品が複数あったのですが、一次通過に留まったものはひたすら情報を重ねるだけで、それを面白く読ませようという配慮が欠けていました。読者を説得したいのならノンフィクションでどうぞ。
 謎解き趣味に注力した作品に私は好感を持ちますが、作者の都合だけで設定や展開が決められているようなものはその限りではありません。たとえば、舞台を孤島にするのであればそれが成立する現実的な理由は必要です。あなたの尊敬する先達は、そうした処理をどうしていたか、もう一度批評家の目で過去の名作を読み直してみてはいかがでしょうか。
 いつも言うことですが、作品には複数の柱が必要です。犯人指摘のロジックであれば、最低三つは準備する。量がすべてとは言いませんが、アイデアの豊富さは百難を隠しますよ。

千街晶之

 今回、最終選考に残った四作品のうち、半分は「予選委員みんなが高めの点数をつけた作品」、残り半分は「予選委員のあいだで評価が真っ二つに割れ、高い点数も低い点数もついた作品」だった。もちろん、みんなが高く評価するような出来であればそれに越したことはないのだが、賛否両論を巻き起こすような唯一無二の個性で一点突破を図るというのも、新人賞の選考を勝ち抜くひとつのやり方ではある。日本ミステリー文学大賞新人賞の歴代受賞作を振り返っても両方のタイプがあり、正解はないのだろう。とはいえ、欠点は致命的なものではなく、出版までに手直し可能なものであることが望ましい。
 また、落選作の中に、多視点の扱いに失敗したものと、逆に一人称を選んだせいで記述が不自然になっているものとが存在した。登場人物のうち誰の視点をどう扱えば結末のサプライズにつながるのか、よくよく考えていただきたい。

西上心太

 ミステリーに限らずフィクションは大きな嘘をついて、作者ならではの世界を築き上げるものだと思っています。ただし大きな嘘をつくにあたっては、細部のリアリティを忘れたり疎かにしてはなりません。
 たとえば警察小説を書くのであれば警察の組織がどうなっているのか、事件が起きたとき署員はどのように動くのか、最低限の知識は持っておくべきでしょう。特に最近は警察の部課名が変更されることも多いので、知識のアップデートも必要です。
 その上で架空の部署を作ったり、単独行動を黙認される警察官を誕生させたりするべきでしょう。この作者はわかっている上で現実を逸脱させているのだなと読者に思わせる。そうすれば現実そのものではなくても、作品内世界における「リアリティ」を読者は認めてくれると思います。
 スーパー歌舞伎を作り上げ、晩年に猿翁を名乗った三代目市川猿之助がよく言っていた言葉があります。先人たちが築いた合理的な表現の集積が「型」である。それを徹底的に身につけた上での逸脱は「型破り」と称えられるが、そうでないものは単なる「形無し」であると。
 地の文で嘘を書いてはいけないとか、一人称視点で留意すべき点とか、ミステリーを書く上での基本的な知識も「型」に含まれます。嘘を嘘と思わせないための技術と知識を身につければ、作品のレベルは格段に上がることでしょう。

細谷正充

 応募作ですが、規定枚数ギリギリまで書いてくる人が少なからずいます。分量が多いからといって、評価が高くなるわけではありません。長すぎてストーリーが中弛みになっています。物語そのものが求める分量を、きちんと見定めましょう。また調べたことを、力の限り書き込んでいる作品もありますが、かえって読書のノイズになっています。小説は、何を書かないようにするかも、大切な要素になっています。こちらも必要不可欠な情報は何かということを見定めましょう。
 次に主人公のことです。特に意図がない限り、受動的な主人公ではなく、能動的な主人公にすべきです。主人公が動くことで、ストーリーが動く。そのような形にした方が、キャラクターを印象づけて、魅力を出しやすくなります。とにかくウジウジした主人公は、読んでいて楽しくないですからね。エンターテインメントとしての楽しさを意識して書けば、さらに面白い作品になるはずです。頑張ってください。

吉田伸子

 今年は昨年と比べて、応募総数がぐんと増えました。他の新人賞も応募数が増えているそうで、それはもしかしたらAIの使用と関係があるのかも、と感じました。事実、本賞でも、二次選考に進んだ作品には、AIを補助的に使用したと申告されたものが複数作品ありました。AIの使用に関しては、どこまでその利用を良しとするのか、今後検討されていくことになるかと思います(とはいえ、応募作品の分母が増えるということは、良いことだと思います)。
 今回、最終候補に残った四作品のうち、二作品が女性の書き手の作品だったことは、同性として嬉しいことでした。過去受賞作を見ていただけると分かるように、本賞は女性の書き手を輩出しています。今後も、女性の書き手の応募作の更なる増加を、と願っています。

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