一般財団法人光文文化財団

第28回日本ミステリー文学大賞新人賞
最終選考候補作・予選委員のコメント

最終選考候補作

 予選委員7氏=円堂都司昭、佳多山大地、杉江松恋、千街晶之、西上心太、細谷正充、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ予選を通過し最終選考に残る作品を決定(候補者50音順)。

「午前零時の評議室」
衣刀信吾
「彷徨う虫」
柏村 純
「シリコンゲーム」
雲井登一
「夏のかさぶた」
榛葉 丈

応募総数205編から、1次予選を通過した21作品は下記のとおりです(応募到着順)。

「見てござる」
武長運久
「ジオラマの塔」
本瀬繁毅
「メイベルの墓碑に捧ぐ」
見辺蒿里
「無敵同盟」
有馬川三歩
「古城バチェラーパーティー殺人事件」
相羽廻緒
「砂上の幸福」
相羽廻緒
「シリコンゲーム」
雲井登一
「静寂の号令」
美貴大輔
「ネズミ、大山と鳴動」
冨栖はなこ
「時空を超えて」
小松伸一
「世の終わりのための四重奏曲」
唯冬和比郎
「彷徨う虫」
柏村 純
「球体の翼」
山本純嗣
「午前零時の評議室」
衣刀信吾
「夏のかさぶた」
榛葉 丈
「宮益坂インシデント」
松江和英
「月鶴楼殺人事件」
雨地草太郎
「喪服の法官」
綾見洋介
「血のにおい」
稲葉之人
「越える音」
三加妻武始
「曲名は『探偵のための完全犯罪』」
綾見洋介

【予選委員からの候補作選考コメント】

円堂都司昭

 実際の事件、実在の人物や企業をモデルにすることは、禁じられてはいません。ただ、それらをあったまま“生(なま)”であつかおうとするのは、避けた方がいい。描写が現実にいる人を傷つけるものになっていないか、発想の乏しさを借り物で埋めあわせしようとしていないか、よく考えましょう。先行作の設定などを応用して書く場合も同様です。応募者がどれだけ独自のプラスαの発想を生み出せたかが、評価ポイントになるのですから。
 また、ミステリーとして意外な結末にしようとするあまり、人物の性格や行動が変になる作品もあります。仲が良かったはずなのに、なぜ危害を加えたのかなど、その心理が不自然でないかを確かめてください。
 いずれにせよ、内容向上のためには、書いた原稿を送る前に一度立ち止まる必要があります。できるだけ読者の立場になって読み返し、納得できるまで推敲するのです。その手間を惜しんでは、上手くならないでしょう。

佳多山大地

 予選委員の任も今年で6度目になります。去る9月2日、自宅のある大阪から予選会の行われる東京に向かうのに、例のノロノロ台風10号の影響で“北陸回り”のルートを選択するはめに。異常な気象現象の常態化は、現代ミステリーを書くうえで、ひとつ重要な要素になってくるかもしれませんね。
 ――さて。ここ2年、応募作を読んでいて気になったのは、叙述トリックのなかでもいわゆる男女トリックを安易に用いている作品が含まれていたことでした。例えば、物語のプロローグに登場する正体不明の語り手が、恋人の女性の死を嘆き、復讐を誓う。しかしながらその語り手は、男性ではなくレズビアンの女性だったと終盤明らかになる、みたいな。男女トリックの使用に限らず、LGBTQテーマに触れるのにはもっと慎重になるべきでしょう。読者を騙すためだけに男女の別を扱うのは、もう時代が許してくれない、と思ったほうがいい。あえてそれを意外性の演出のためにするのなら、踏み込んだ社会派的問題意識を持って取り組む覚悟が同時に求められます。

杉江松恋

 今回の応募作で感じたのは、起承転結の起がつまらないものが多いということでした。お店で言えば入口に当たる部分です。そこで何の期待もさせてくれなかったら、どうしてドアを開けて中に入る気になれるでしょうか。無理に驚かせろ、とか、奇抜なことをしろ、と言っているわけではないのはご留意ください。あなたの読んだことがあるおもしろい小説は、どんな始まり方をしているか。もう一度初心に戻って確認されることをお勧めします。
 もう一つ気になったのは、過去の名作を取り入れたり、現実の事件を題材に使ったりする作品が多かったことです。特に後者については配慮が必要で、過去の誰かが味わった苦しみを素材とするには相応の配慮と、自身の覚悟が必要になります。いい題材だから使ってみよう、という安易な態度は小説の信頼度にも影響を及ぼします。本賞で求められているのは「大衆」小説であり「娯楽」小説で、あなたの自己満足を形にすることではありません。

千街晶之

 今年だけの特異な傾向かも知れないのだが、既存の作品・作家に頼ったような応募作が複数あった。例えば、既存のミステリ小説の趣向を踏まえた上でそれを更にひっくり返す、といった試みだ。予選委員はプロなので、どんな先行作を踏まえているかはすぐにわかるし、書き手がやりたかった趣向もわかる。しかし、一般読者にまでそれを期待するのはどうだろうか。しかも、本歌取りを試みるからには、元になった作品に匹敵するくらい面白く仕上げるのは前提だろう。
 ある先行作品のメイン・トリックと似た原理のトリックを用い、その先行作品から登場人物名を露骨に借りた応募作もあった。流用ではなくオマージュであると主張したいのかも知れないが、あまりいい印象を与えるものではないし、こちらも先行作品に匹敵する水準とは言い難かった。
 先行作を意識して挑戦すること自体は悪くはないが、あまり囚われすぎるのも場合によって善し悪しだ――と今回の選考では感じた。

西上心太

 小説は一点物の服を仕上げることに似ています。生地(ジャンル)とデザイン(アイデア)を選び、型紙(プロット)を作り、裁断(物語の構成)し、縫製(文章化)して完成します。型紙が良くても裁断がまずかったり縫製が乱れたりしていて、着心地が悪くなることが多々あります。しかし選考会で裁断や縫製に多少難があることは致命傷になることはあまりありません。
 特に難はないものの、できあがった服が量販店で売られている新味のないものだった時の方が逆に問題です。誰も低い点を付けないが、高い点も付けない、5段階評価でオール3のような作品は、あまり議論の対象にもならずに落ちてしまうことが多いようです。
 では奇抜なデザインがあればいいのかといえばそうとばかり言えないのが小説の難しいところでしょう。今回もストーリーや文章はとても良いのに、ある登場人物の行動にまったく納得がいかず、落選した作品がありました。
 物語の中の人間とはいえ、本当にこんな行動を取るのだろうか、プロットを成り立たせるためだけの行動になっていないだろうか、トリックのためのトリックになっていないだろうか。アイデアを結晶させる過程で、こういう点にも注意を払い、もう一度振り返ってみることも必要ではないでしょうか。

細谷正充

 昔よりも全体的に、小説のレベルが上がっているように感じられます。しかし飛びぬけた作品は少なく、結果的にどんぐりの背比べになっています。このような状況で注目するポイントのひとつは、舞台や題材の目新しさでしょうか。今まで読んだことのない舞台や題材が理想ですが、これだけ膨大な小説がある時代です。なかなか難しいでしょう。それでもどこか一ヶ所でいいので、新味が欲しいものです。それがミステリーの部分と不可分に結びついていれば、いうことなしですね。トリックやアイデア以外にも、評価される部分があることを知ってください。
 また、今回の二次選考の作品は、既存の作品を意識したものが幾つかありました。過去の名作に新たな形で挑んだり、本歌取りをするのは、悪いことではありません。しかし元ネタになった作品に、寄りかかり過ぎるのは問題です。新人賞は基本的に、新しい人の新しい作品を求めています。どうか、フレッシュな物語世界を創り上げてください。

吉田伸子

 今回の最終候補は、衣刀信吾さんは3年連続、柏村純さんは2年連続、榛葉丈さんは2年ぶり2度めのノミネートとなりました。お三方とも格段に作品の力が上がっていると感じました。継続は力なり、ということを改めて思います。最終候補から漏れた方も、気を落としすぎることなく、どうか今後とも挑戦を続けていただければと思います。
 二次選考に残った作品の中には、評価は高かったものの、どうしても著名な先行作品を想起してしまうという観点から、残念ながら二次で落選となったものがありました。新人賞の評価として、オリジナリティが重要視されるポイントの一つであることを、今一度、心に留めておいていただければ幸いです。
 今回、女性の方の応募が若干少なめでした。同性として、女性の方の更なる応募、お待ちしております。

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