一般財団法人光文文化財団

第21回日本ミステリー文学大賞新人賞選評

北原 真理(きたはら まり)

受賞作:
『沸点桜(ボイルドフラワー)』
受賞者:
北原 真理(きたはら まり)
(応募時のペンネーム北祓丐コを改名)
受賞者略歴:
1965年生まれ、神奈川県藤沢市出身。現在、東京都在住、主婦。
選考委員:
綾辻行人、篠田節子、朱川湊人、若竹七海
選考経過:
応募183編から、2次にわたる選考を経て、最終候補4編に絞り受賞作を決定。
贈呈式:
2018年3月23日 帝国ホテル(東京・内幸町)

受賞の言葉

大賞

北原 真理(きたはら まり)

 選考委員の先生方、予選委員の先生方、私の拙い文を読んで下さって、どうも有り難うございました。 受賞の電話を頂いても暫くは茫然自失の体で、未だに、これは夢ではないかと信じられぬ自分がおります。 長い長い時間をかけて、カメの如くに右に左にのろのろしながら、やっとスタート地点まで辿り着きました。
 皆様、どうぞ宜しくお願い致します。
 二人の祖母を忘れたくなくて、私はこの話を書きました。 主人公・コウは気性激しい薩摩女の祖母キミを、澪は料理上手で優しい祖母ナヲを、モデルにしています。 夫や家族に捨てられ、決して幸福でも裕福でもなかった二人ですが、私には濁りのない愛情を注いでくれました。 生きていたら、この身に余る受賞を一番喜んでくれたであろう二人です。
 本ができたら、墓参りに行こうと思います。
 皆様に感謝を込めて。

選考委員【講評】(50音順)

綾辻行人

 授賞が決まった北祓丐コ「沸点桜 ボイルドフラワー」には、他の候補作よりも圧倒的に高い〝熱〟を感じた。
 どうにかして自分のイメージを小説的な文章で表現しようと闘っている、そんな作者の創作姿勢から伝わってくる熱。 コウとユコという二人の女性キャラクターを描くのに込められた作者の想い=熱。 それらの結果として、作品全体が持つに至った迫力=熱。――この種の舞台や人物、世界観で書かれた小説は正直なところ、僕は苦手なのである。 にもかかわらず今回、これを最も面白く読めたという事実が、作品の力を示しているとも思う。 ただしこの作品、あちこちに不備が目立つのも事実である。特に終盤の駆け足と、それゆえの説明不足や不整合は大いに問題だろう。 可能な加筆修正を施したうえでの単行本化が望まれる。
 核心部のアイディアがミステリー的に最も面白いのは、雨地草太郎「幻狼亭事件」だった。 この作品はしかし、早い時点で選外となった。理由はたくさんあるのだが、最大の難点は「幽霊の実在」という前提的な特殊設定を、 充分な説得力をもって描けていないことだと思う。それは物語を生成する文章そのものの問題であり、プロットの問題でもあり、ディテールの問題でもある。
 犬塚理人「蒼ざめた馬に乗れ」は、死刑が被害者遺族の手によってのみ執行されうる、という法制度が成立した〝架空の現在〟を舞台とする。 面白い設定ではあるのだが、この制度に関する考察や練り込みが、これではいかにも浅すぎはしないか。主軸となる事件の構図が、 こういった設定でなくても普通に成り立つようなものでしかない、というのも物足りない。
 斎堂琴湖「レンタル探偵と雪の街」は、決して悪くはないのだけれども突出した魅力もない、といった作品。 減点法で評価すればこれが残ることになるのかもしれないが、今回の選考会では、「沸点桜」の〝熱〟のほうを買おうという結果になった。

篠田節子

 素人の書いた長編を書評家、ましてや一般読者と同じ視点で評価してはならない、とまずは肝に銘じた。 かつての素人の一人として、可能性と伸びしろを見極めたい。小さな間違いやミステリの約束事には目をつぶる。
 才能を感じたのは「幻狼亭事件」。伝奇、猟奇、オカルトのどす黒い世界を軽やかに仕上げるセンスの良さ。 だが些末な謎解きに終始し、魅力的要素が生かせなかった。たとえば父の狂気、狼の木彫り、怪しい宗教。 掘り下げてアイデアを練れば軽い中にも凄みが出る。才に見合う大技を駆使した新たな挑戦を期待したい。
「沸点桜」。前半の国語力を疑う文章表現が、後半、目に見えてこなれてくる。書けばもっと上手になる人だ。 逃走、潜伏、謎解きに、病気、差別等々の要素が絡み、物語の骨格は力強い。 登場する女性二人の性格とその周辺で起きる事件は紋切り型ノワールで大いに不満が残るが、 だからこそ共感し安心して感動できる読者も多く、必ずしも欠点とは言い切れないだろう。
「蒼ざめた馬に乗れ」。四編中、唯一のテーマ先行型作品で好感を持った。荒唐無稽な設定を用いてリアリズム小説に仕立てる意欲と度胸を買う。 ストーリー展開は穴だらけだがリーダビリティーがある。ラスト、主人公の人格に帰結するどんでん返しが秀逸。 ただし「サイコパス」という言葉はこの場面で出さない方が良い。能力は高く、共感性は低く、冷静で軽みのある主人公の性格からして十分、それとわかる。 テレビドラマやマンガと異なり、小説においては好ましい性格の主人公を登場させる必要は必ずしもないと私は考える。
「レンタル探偵と雪の街」。謎かけ、捜査、新情報、解決、次なる謎の浮上、という地味だが入念に組み立てられたプロットが良い。 しかし犯人の動機に必然性と説得力が乏しい。全体に、警察官の人間関係、男女関係に寄りかかった作りで、作品がミニチュア化しているのが最大の難点。 リアルに警察小説にするか、夢を詰め込んで学園小説風警察小説にするか、腐女子警察ものに仕上げるか。方向性を定めるのは作者自身だ。

朱川湊人

 今回、選考会に臨むにあたって、私はすべての作品に5点満点の3点をつけました。 さすが最終選考に残る作品だけあって、どれもそれなりにリーダビリティーがあり、大きな矛盾もなかったからです。言ってみれば、中の上ですね。
 ですが率直に言ってしまうと、それ以上の美点を探すのが難しかったということでもあります。 受賞作ナシもありうると思いましたが、ほんの僅差で北祓丐コさんの「沸点桜」に決めることができました。 韓国ノワール映画を彷彿とさせる力作ですが、説明不足の部分と駆け込み気味に終わるラストを修正すれば……という前提での判断ですので、 上梓されたものが少しでも理想に近づいていることを切に願います。  最後まで争った犬塚理人さんの「蒼ざめた馬に乗れ」は、死刑執行のボタンを被害者遺族が押すシステムがあるという設定は買えます。 けれど、その他の部分が説得力と迫力に欠けていたように思います。謎に対する解答がスピーディーに提示されていく快感はありますが、 私のような細かい点に拘る人間には首を傾げてしまう部分が散見され、強く推し切れませんでした。
 雨地草太郎さんの「幻狼亭事件」は、幽霊が存在することが前提となった作品です。しかし、それを主人公が確認できない点で、 やや無理があるのではないでしょうか。 他賞に応募したものを改作したそうですが、好評価を得た元々の物語に執着するあまり、十分な飛距離が出せなかった感があります。 また、取ってつけたような読者サービスらしき部分が、ストーリーの流れを止めてしまっている点にも気づいてください。
 斎堂琴湖さんの「レンタル探偵と雪の街」には、悩まされました。なかなか達者な書き手ですが、細かいところでツッコミたくなる部分が多く、 物語に乗り切ることができませんでした。また最後に明かされる真相が、私には素直に納得できなかったのも本当です。 周波数の合う読者と出会えれば、熱狂的に支持されるかもしれません。

若竹七海

 技術的には申し分ないがグッとこない二作品に、魅力的だがツッコミどころ満載な二作品。どれを推すか決められないまま選考会に臨んだ。
「幻狼亭事件」は父親の狂気に覆われた屋敷という舞台にワクワクしながら読み進んだが、ゴシックロマン的事件と主人公たちのライトな言動がかみ合わず、興ざめした。
「レンタル探偵と雪の街」は文章も物語の緩急のつけ方も優れ、伏線をちりばめ回収する手腕もある。 だが大事件のわりに真相が薄く、ミステリーとしての個性は感じられない。 また「すべての事件は主人公の男女がモテモテのせいで起きました」という設定がどうにも恥ずかしく、 うまい書き手だと思いながらも受賞作としては推せなかった。
「蒼ざめた馬に乗れ」も文章力、構成力は見事。主人公がクールすぎて共感できず緊迫感に乏しい、 と思ったら、それこそが伏線だったのには驚いたが、そこに至る事件解決がやや安直。 また「被害者遺族が死刑執行ボタンを押す」という設定には「死刑」だけではなく「私刑」問題も絡む。 国家が個人に代わって罪人を裁き、刑を執行するという法治国家の大前提が棚上げされ、それについての言及がほぼなし、という点が引っかかった。
「沸点桜」はヘンテコな表現や文章が散見され、整理が悪く、思いつきがぶち込まれていて、安っぽいキャラ設定や強引な展開も見られる。 おいおい、と苦笑しながらも、次第にこの作品のもつ熱に惹きつけられ、一気に読んだ。 ダークなヒロインと少女の命がけの逃避行、お宝探し、平和な生活から暴力、そしてどんでん返し。 今回の中でもっとも印象的な作品だが、いかんせん雑で特にラストが荒っぽい。商品として世に出すレベルに磨けるのか、 磨いたら逆にこの作品の魅力がなくなるのではないか。そう思うとこの作品の受賞に、積極的にはなれなかった。 好き嫌いの分かれる問題作だと思うが、多くの人に読んでもらい、その是非を判断していただきたい。

候補作

 予選委員7氏=円堂都司昭、香山二三郎、新保博久、千街晶之、細谷正充、山前譲、吉田伸子+光文社文芸局が10点満点で採点、討議のうえ選定(タイトル50音順)。

「幻狼亭事件」
雨地草太郎
「蒼ざめた馬に乗れ」
犬塚理人
「沸点桜 ボイルドフラワー」
北祓丐コ
「レンタル探偵と雪の街」
斎堂琴湖

 応募総数183編から、1次予選を通過した22作品は下記のとおりです(応募到着順)。

「路上の磁場」
柴門秀文
「いきつもどりつ」
加夜真祁
「天使の後始末」
貴志裕方
「邪なる骸」
岡 辰郎
「孤高のプラネットたち」
平野俊彦
「ハルビナN」
秋瀬颯子
「レンタル探偵と雪の街」
斎堂琴湖
「たらふくの愛を注ぐ」
天尾友哉
「エグジットプラン~出口計画~」
栁沼庸介
「眠り姫の金貨」
山下 聡
「そそり芝居」
麻加 朋
「アザミの咲く庭」
桐島 裕
「幻狼亭事件」
雨地草太郎
「会えばわかる」
酒本 歩
「謀略の季節」
黒辺順拙
「沸点桜 ボイルドフラワー」
北祓丐コ
「悪に銃弾を」
霧野 氷
「メンター 迷宮の館」
中島礼心
「孤独な末裔」
条里田 圭
「8(エイト)」
滝沢一哉
「ハードブレイク―傷心」
古敷屋しのく
「蒼ざめた馬に乗れ」
犬塚理人

【予選委員からの候補作選考コメント】

円堂都司昭

 変わった職業の主人公、この現実にはない制度が導入された近未来、超常現象の発生など、 設定にポイントのある作品を書く場合、起きる出来事が物語にみあったものになっているか、よく考えてほしい。 設定と出来事のつじつまがあわない。設定が途中で置き去りになり普通の話に流れてしまう。そういった残念な例が、ちらほらみられた。
 また、恋愛、社会派的テーマ、アクション、トリックなど、一つの作品に多くの要素を入れようとする時は、 全体の整合性やバランスに気を配る必要がある。部分部分でみれば臨場感があるのに、通して読むと納得できない。 そのように、多くを語ろうとしすぎてなにを語りたいのか見失った作品も目立った。
 設定を工夫する、盛りだくさんな内容にするといった意欲は好ましいが、それが空回りしてはもったいない。 書き上げた原稿は読み直し、修正すべき点を自分で見つけてほしい。成長するためには欠かせないことだ。

香山二三郎

 しつこいようだけど、次の二点にはくれぐれも気を付けて。応募作品は新作で。既応募作品での再応募は本賞では控えましょう。 原稿の印字は字間を詰めて。読みにくいと端から印象が悪くなります。
 最終候補以外で印象に残ったのは、現世と冥界の間にある幽界にさまよいこんだ老若男女が忌まわしい犯罪に直面する 加夜真祁の“おじさんファンタジー”『いきつもどりつ』、新種の多肉植物をめぐる愛憎劇の顛末を描いた秋瀬颯子『ハルビナN』、 山下聡のヒネリの効いた二段構えの誘拐サスペンス『眠り姫の金貨』、 北海道の高速路線バスがアブない乗客たちに代わる代わる乗っ取られてしまう滝沢一哉『8』等。
 今回は女性陣の頑張りが目につきました。ミステリー新人賞の応募者の多くは男性だけど、2017年は受賞作なしが続き、 いささか停滞気味。今後も女性ならではの作風で現状を打破する作品の登場を期待します。

新保博久

 私事になるが、今年の予選通過作は、死期まぢかい病人に付き添いながら読んだ。 何を読んでも鬱々とした気分でいたことは否めない。だが全通過作に同じに接したのだから、不公平にはなるまい。 全体のレベルは例年に劣らないとしても、強く推したい一編にはほとんどめぐり逢えなかった。 例外的に、次にどう展開するのだろうとワクワク感を覚えたのが「8(エイト)」である。 伊坂幸太郎のイミテーションという批判ももっともだが、あっけらかんとした残虐性は伊坂作品にないものだ。 ただ、二年前の他賞の落選作という凶状が判明して支持を撤回した。再応募作が絶対に不可というわけではないが、 以前の応募状況を問い合わせてもダンマリだったのは、作者も後ろめたいのだろう。 その作品での落選歴を秘匿していても、予選委員はたいてい複数の賞を兼任しているから十中八九、露顕すると覚悟しておいてもらいたい。
 元気の出る小説だったが、恥じ入れエイトマン。

千街晶之

 ある予選委員が絶賛した作品を別の予選委員は否定する…… という意見の不一致が相次いでどうなることかと思ったが、結果的には残るべき作品が残った印象だ。 個人的には、雨地草太郎氏の『幻狼亭事件』を一番推した。ラストの主人公の心理はどう考えても納得できないのだが、そこは改稿可能。 この作品の本領は本格ミステリとしての完成度の高さにある。 フーダニット・ホワイダニット・ハウダニットそれぞれの意外性、横溝正史『獄門島』を想起させる 「何故そのタイミングで事件を起こしたか」の必然性、最初の一ページで犯人特定の手掛かりを提示しておくフェアプレイ精神、狂気と整合性が両立したロジック。 「双子のうち、どうして主人公ではなくもうひとりが誘拐されたか」の解明にも感嘆した。 この賞の予選で、こんな惚れ惚れするような本格ミステリを読んだのは初めてかも知れない。 最終選考でどう評価されるのか、期待半分、不安半分といったところだ。

細谷正充

今回の二次選考は、予選委員各氏の評価が割れ、かなりの激論が交わされた。しかしこれは、喜ぶべきことである。 私たちが求めているのは、それなりに書けているという凡庸な作品ではない。どこかに傷があっても、それを上回る魅力を持った作品なのだ。
 もちろん全体の完成度が高い方がいいが、それだけで最終選考の作品を決めるわけではない。 だから、この賞に応募する人は、自分の物語の魅力は何なのか、真剣に考えてもらいたいのである。
 その一方で、他の新人賞に投稿して落ちた作品を、そのまま送ってくる“使い回し原稿”問題も、クローズアップされた。 二重投稿ではないので応募規約に違反しているわけではないが、今回、同じ内容で四度目の投稿という作品があり、さすがに問題視せざるを得なかった。 自分の作品が可愛いのは分かるが、プロの作家になりたいのだったら、見切る勇気も必要だろう。

山前 譲

「Mystery」には神秘とか不思議といった意味があるので、そうした要素を織り込んでももちろんいいだろう。 しかし、肝心のところで読者には予想できない神秘的な力を使われてしまうと興ざめである。 主人公が危機一髪のところを不思議なパワーで助けられたり、物語の重要なキーワードが神秘的な世界に迷い込んで分かってみたり……。 そうなると、作中でどんなことが起こっても驚きはしない。現実社会と違った論理で展開していく作品であるならば、 そのことをなるべく早く読者に提示したほうがいいのではないだろうか。
 ただ、総じて今回はレベルが高かったように思う。とりわけ文章にそれぞれ個性があり、最初から読む意欲の削がれる作品は少なかった。 それだけにいっそう、ミステリーとしての趣向やキャラクター設定の細かい齟齬が差となっていく。 ましてや、他賞の予選で読んだことのある作品に出会ったりすると、積極的には推せないのだった。

吉田伸子

 今回は最終候補4名のうち2名が女性となりました。同性として嬉しいです。 二重投稿はないものの、いわゆる“使い回し”(過去に別の賞に応募した作品)が目立ちました。 過去に応募した時のタイトルと変えられていることから、故意だと推察しますが、これは止めていただきたい。 過去の作品に拘る気持ちも分からなくはないですが、フェアではないと思います。それよりも、新しい作品へ気持ちを向けたほうがいい。 新人賞が求めているのは「新しい芽」である、ということを心に留めておいて欲しいです。

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