Photo MORI Kiyoshi
- 受賞者:
- 京極夏彦(きょうごく なつひこ)
- 受賞者略歴:
-
1963年3月26日、北海道小樽市出身。広告代理店に勤務後、デザイン会社を設立。1994年、講談社ノベルスより刊行された『姑獲鳥の夏』でデビュー。この作品に始まる、「京極堂」こと中禅寺秋彦を主人公とする「百鬼夜行」シリーズからは、1996年に第49回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞した『魍魎の匣』や、『狂骨の夢』『鉄鼠の檻』『絡新婦の理』など多くのヒット作が生まれる。また「江戸怪談」シリーズでは、『嗤う伊右衛門』で第25回泉鏡花文学賞('97)を、『覘き小平次』で第16回山本周五郎賞(2003)を受賞。「巷説百物語」シリーズでは、『後巷説百物語』で第130回直木賞('03)を、『西巷説百物語』で第24回柴田錬三郎賞('11)を、『遠巷説百物語』で第56回吉川英治文学賞('22)を受賞するなど、数々のシリーズで唯一無二の世界を作り出す。
2019年から2023年まで日本推理作家協会代表理事を、2023年3月より直木賞選考委員を務める。2025年4月印刷博物館館長に就任。
- 選考委員:
- 赤川次郎、綾辻行人、逢坂 剛、佐々木 譲
- 選考経過:
- 作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
受賞の言葉
大賞
京極夏彦(きょうごく なつひこ)
日々茫洋と生きているので殆ど驚くことがない。それでも何年かに一度は吃驚することが起きるのである。今回の受賞がまさにそれであった。自己評価は常に低く、承認欲求やら自己顕示欲やらもまるでなく、恰も佐渡金山の金掘人足の如くに二十四時間、暗い穴に籠ってこつこつと岩を砕いているだけの人生を送っているのであるから、これは驚いたとしても仕方がなかろう。そもそも、果たして己がミステリというジャンルに対して如何なる貢献をしたものか、人足風情に判断出来るものではないのだ。これは分不相応の評価ではないのかと逡巡もした訳であるが、しかし偉大な先達や識者が仰せになることなのであるし、身に余る光栄と深く頭を垂れ粛々と受け入れねばなるまいと、驚き乍らもお受けすることにした次第である。そうは云っても、結局これからも鐫やら鏨を手にしてこつこつと岩を砕くのみではあるのだけれど。いずれにしても、有り難いことで御座います。
選考委員【講評】(50音順)

大賞選考委員、左より綾辻行人氏、赤川次郎氏、逢坂剛氏、佐々木譲氏。
赤川次郎
製本の限界、などと言われた巨編が次々に世に出たとき、驚きと共に、京極夏彦とはどういう人物だろうと思ったものだ。
一作ごとに、怪談や耽美の世界へと作風は広がって行き、同時に新本格の支柱となった。
一方で、この「京極ワールド」は、誰にも真似のできないユニークな世界だ。「一人一分野」と言うべきか。その点でも、京極夏彦という作家は孤高の人である。
またミステリー界の運営に係ることもいとわず、多くの後輩を育てている。今、日本ミステリー文学大賞にこれほどふさわしい方はないだろう。
京極さん、おめでとうございます。
綾辻行人
今回はほとんど議論の必要もなく、京極夏彦さんへの授賞が決まった。
思い返すにつけ、1994年の京極さんの登場は衝撃的だった。デビュー作『姑獲鳥の夏』に始まる大長編の連作(百鬼夜行シリーズ)が当時のミステリーシーンにもたらしたインパクトは強烈で、広範な読者から熱い支持を得るとともに、同時代の書き手に対してもさまざまな意味で大きな影響を与えた。とりわけ「本格ミステリ」界隈は、それを機に新たなフェーズを迎えた観すらあった。
みずからの作品群を「妖怪小説」という枠組みで語りながらの、その後の京極さんの多方面にわたる活躍・功績は周知のとおり。今や我が国の小説界における唯一無二の存在だが、そんな中でも彼がなお、「ミステリー作家・京極夏彦」を重要な〝顔〟として持ちつづけていることは間違いない。今後もきっとそうありつづけてくれるだろう。
京極さん、おめでとうございます。
逢坂 剛
30年ほど前、『姑獲鳥の夏』で京極さんが華ばなしく登場したとき、それまでの新人登場のときにはなかった、ある種の不思議なオーラを感じたものだ。三十そこそこの若さで、黒い手袋に和服姿というそのいでたちは異様にも見えたが、奇をてらっているようには感じられなかった。 その姿で生まれたのではないか、と思われるほど形が決まっていた。思い起こせば1997年の秋、推協50周年記念の文士劇『ぼくらの愛した二十面相』が上演されたが、妖怪物で売り出した京極さんは幕が上がったとたん、死体のごとく和服姿で舞台中央に倒れている、という役だった。それを、警備員役の評者が発見して揺り起こすと、むっくりと起き上がった京極さんが「何か妖怪(用かい)?」とやって、満席の爆笑をとったのが忘れられない。 本賞受賞は、いささか遅すぎた感もあるものの、まずは文士劇のおりの演技賞と併せて、心よりお祝いを申し上げたい。
佐々木 譲
京極夏彦氏が、本年度の日本ミステリー文学大賞受賞と決まった。
それにしても本賞の選考委員となって以来、私は毎回、なぜわたしが贈る側にいるのかと、ずっと居心地の悪さを感じてきた。今回はことにそうだ。どう考えても立場は逆なのではないだろうか。
ともあれ京極氏は、その世界の独自性、キャリア、業界内での評価、読者からの支持、ミステリー界への貢献のいずれを取っても圧倒的であり、わたしなどより先に本賞を受けていなければならなかった。
氏が受賞すべき上記の理由につけ加えるならば、氏が近年、直木賞の選考委員として示してきた姿勢が多くの同業者を刺激していることを記しておきたい。その選評は印象批評にとどまるのではなく、作品の技術と構造を明快に読み解くものだ。実作者としての眼力と批評的責務を、ともに体現している。
京極さん、受賞おめでとうございます。