一般財団法人光文文化財団

第21回日本ミステリー文学大賞講評

夢枕 獏

受賞者:
夢枕 獏(ゆめまくら ばく)
選考委員:
逢坂剛、権田萬治、西村京太郎、東野圭吾
選考経過:
作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
贈呈式:
2018年3月23日 帝国ホテル(東京・内幸町)

受賞の言葉

大賞

夢枕 獏(ゆめまくら ばく)

 まさか、わたしがこのようなミステリーの賞をいただけるとは、思ってもおりませんでした。
 出身地も、棲んでいる場所も、SF国とファンタジー国の境目あたりにある国名すらさだかでないあやしいまつろわぬ国であります。 そのまつろわぬ国で、時おり格闘技の大会を開催し、山に登ったり、カヌーで川を下ったり、釣りをしたりして遊んでおりました。
 それで、書いた作品がなんぼのものかというと、これが実は本人はよくわかっておりません。
 自信があるのは、好きなことだけをやってきたということくらいです。
 遊んでいるうちに、いつの間にか六十六歳になって、 そろそろ残り時間のことを考えて仕事をしなければいけないと思いはじめたところに、受賞の連絡をいただきました。
 ありがとうございます。これからも休むことなく書き続けてゆきたいと思っています。
 来世、たとえ虫に生まれかわろうとも、物語を書いてゆきますので。
 感謝。

選考委員【講評】(50音順)

逢坂 剛

 夢枕獏さんは、厳密な意味でのミステリー作家ではない。しかし、あらゆる小説はミステリーである、 との考え方に寄り添う立場からして、夢枕さんの受賞はまったく至当なもの、といえる。 むしろ夢枕さんは、ミステリーという孤高の山の裾野を押し広げた、最大の功労者の一人といっても、間違いではないだろう。 いわゆる伝奇アクション、と呼ばれるジャンルを確立した先達の一人だが、 それだけでは飽き足らず格闘小説、幻想小説、山岳小説、時代小説などへ枠を広げて、 おのおのの分野で一家をなす才筆の人である。シリーズの息の長さも半端でなく、その泉のような創作力は尽きることを知らない。 まさに、天性のストーリーテラーにふさわしい仕事ぶりに、同じ作家として拍手と声援を送りたい。 最後に、作家は作品で勝負するのが本分に違いないが、夢枕さんは人柄でも十分に勝負できる、 人格円満な好男子であることを付け加えておく。

権田萬治

 夢枕獏は自分の小説の原点は、『西遊記』だと語っているが、その言葉どおり、氏の作品には、 人間の能力の極限まで一つのことを追究しようとする求道者に対する畏敬の念と、 心の中の深い暗闇に棲むさまざまな恐ろしい魔物に対する強烈な関心が流れている。
『魔獣狩り』、『餓狼伝』、『陰陽師』、『上弦の月を喰べる獅子』、『神々の山嶺』、『沙門空海 唐の国にて鬼と宴す』などの作品は、 伝奇サスペンス、格闘技小説、オカルティズム、SF、叙情と幻想、山岳ミステリーなどと呼ばれたが 中でも『神々の山嶺』は、 氏の優れた資質のすべてを投入したともいえる代表作だ。
 山岳ミステリーであるとともに冒険小説であり、敢えて死の危険をも顧みず、 エヴェレスト南西壁の冬期無酸素単独登頂を目指す孤独な登山家羽生丈二の肖像を山岳写真家の深町誠の眼を通して見事に描き出していて、感動的だ。 大賞にふさわしい作家である。

西村京太郎

 毎年、ミステリー文学大賞の時期になると楽しさと苦しみが交錯する。 楽しみは、現代を代表する作家の名前を確認できるからだし、苦しみは、その中から、一人を選ばなければならないからである。
 特に、今回の候補者は、ミステリーの中でも、それぞれの部門の第一人者なので、選ぶのが難しかった。 恋愛ミステリー、本格ミステリー、或いはパズラー、それぞれに活躍されているからである。 私は、迷った末に、夢枕獏さんに一票を投じた。
 私は二十年間、京都に住んだので、夢枕さんが書いた陰陽師の世界に、興味があったことと、 安倍晴明のことを調べていたからである。さらに、夢枕さんは、歌舞伎の脚本を書かれている。 京都では以前、素人顔見世で、一日南座を借り切って、歌舞伎の真似ごとをやったりしたので、 夢枕さんのような形での歌舞伎との関係は、うらやましく素晴らしいと思ったことも、一票を投じた理由である。

東野圭吾

 作家の世界は相撲部屋と同じだというのが私の持論である。 駆けだしの作家が大きな利益を生み出すことなど、ふつうはありえない。 それでも出版社が仕事を依頼するのは、将来に期待するからだ。そしてその資金を稼ぎ出しているのが、所謂ベストセラー作家だ。 横綱を頂点とする関取たちの稼ぎで、給金をもらえない幕下たちが相撲を取り続けられるのと全く同じ構図である。 私が作家になった当時、多くの横綱級ベストセラー作家がエンターテイメント界を支えていたが、夢枕獏さんも間違いなくその一人だった。 『○○殺人事件』というタイトルの新書版ミステリが隆盛を誇っている中、 『魔獣狩り』に代表されるサイコダイバー・シリーズは圧倒的な異彩を放っていた。 それ以後の作品でも、テーマの多様性、スケールの大きさは他の作家の追随を許さない。 夢枕作品はミステリに含まれるか、という疑問には、夢枕作品はミステリを含んでいる、という回答で決着をつけたい。

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