一般財団法人光文文化財団

第15回日本ミステリー文学大賞選評

高橋 克彦

受賞者:
高橋 克彦
選考委員:
大沢在昌、権田萬治、西村京太郎、森村誠一
選考経過:
作家、評論家、マスコミ関係へのアンケート等を参考に候補者を決定。
贈呈式:
2012年年3月15日 東京會舘(東京・丸の内)

受賞の言葉

大賞

高橋 克彦

 私の暮らす東北を襲った三月十一日の大震災。それ以来、心の弾むことの少ない私にとって、 まさに神様からの贈り物のごとく嬉しい授賞の知らせだった。
 この賞の大きさはもちろん承知していて、と同時に自分には縁のない賞とも認識していたので、 知らせを受けたときは驚きより、狐につままれた思いの方が強かった。 なにしろ私は本格ミステリーから近頃だいぶ離れている。 すべての物語を牽引するのは謎である、との信念は貫いているつもりで、 自身はミステリー作家であり続けているという気持ちはあるが、私に対する大方の印象は歴史小説や時代小説の作家の方が強いに違いない。 この賞を頂戴できる立場にないし、望めば笑われる。 それが現実となった今、離れないのはミステリーに全身全霊で取り組んでいる多くの仲間たちへの申し訳なさである。 本当に自分などでいいのだろうか。この賞の歴史に名を連ねている先輩方の紛れもない業績を思うにつけ、身が縮む思いだ。
 こうなったからには賞の名誉を汚さぬよう、さらに頑張らなくてはならない。

選考委員【講評】(50音順)

大沢在昌

 若輩ながら、本年度より選考会の末席に加えていただくことになった。 正直、まだ私には荷が重いとの気持を抱いて臨んだが、あっけないほど簡単に受賞者は高橋さんに決まった。つまり満票だったのである。
 高橋さんは盛岡に住まわれながらも、旺盛な執筆活動をされ、かつては「雨の会」という若手ミステリー作家の中心的存在であった。 その後も「みちのく国際ミステリー映画祭」、今は「盛岡文士劇」と、東北発信の文化事業の牽引車の役割を果たしておられる。
 推理、伝奇、怪談、歴史と、そのジャンルは広いが、東北人作家の立ち位置に揺らぎはない。
 震災で大きな衝撃に見舞われ、一時は書くことへの迷いを初めて感じておられたようだが、今は、復興の一助にならんと、執筆を再開された。
 まさにその高橋克彦さんこそ、日本ミステリー文学大賞にふさわしい。
 おめでとうございます。

権田萬治

 高橋克彦氏は浮世絵に関する豊かな知識を生かした『写楽殺人事件』(1983年)で江戸川乱歩賞を受賞。 さらに、伝奇SF『総門谷』(85年)で吉川英治文学新人賞を受賞してからは、 さまざまなSF的な作品で活躍したが、やがてホラーの連作短編集『緋い記憶』で92年に直木賞を受賞している。
 この受賞により、ポー以来、戦前の日本でも怪奇幻想小説として探偵小説の流れに位置づけられていたホラーが 戦後初めて広く文壇的に認知されたわけで、その意義は大きい。
 以後、氏は時代小説の分野でNHKの大河ドラマの原作の執筆をはじめ数多くの作品を残しているが、 美術界の該博な知識を取り入れた美術ミステリーやホラーなど、ミステリーが氏の多彩な作家活動の中核となっていることは明らかで、 まさに大賞を受賞するにふさわしい作家である。
 受賞を機に、お住まいの東北から優れた作品を続々と発信してくださることを心から期待したい。

西村京太郎

 高橋克彦さん、おめでとうございます。私が初めて高橋さんの小説を読んだのは、28年も前になります。 昭和58年に高橋さんが『写楽殺人事件』で、乱歩賞に応募された時、私は審査員の一人で、 その構成力と文章の上手さに驚いたものです。 原稿が百枚を過ぎても殺人事件が起きないのに、ハラハラさせて読ませてしまうその力にです。
 最近は、愛読者の立場で読ませて頂いていますが、時代小説で、いきなり柳生十兵衛が出てきたり、 若き日の幡随院長兵衛が出てきて、びっくりしています。 この小説の中で、主人公が高僧の指示で動いているというので、 これは天海に違いないと思ったり、そのものぴったりで思わず喝采を叫びました。
 28年前にはその若さあふれる筆力に感心し、今はその自由自在さに驚いています。 今は何を書いても小説になってしまうのではありませんか。うらやましい限りです。

森村誠一

 高橋克彦氏の受賞を心から喜んでいる。東北に拠点を構えて、中央を圧倒する求心力となっているのが高橋克彦氏である。 担当編集者に、小説を書きたいとおもったら十年待てと言われて、正直に十年、満を持して蓄えたエネルギーは、まさに東北人の底力である。
 浮世絵の研究を結実させた『写楽殺人事件』でデビュー以来の氏の活躍ぶりは、瞠目的であり、『炎立つ』で全国を席巻した。
 創作領域は文芸に留まらず、みちのく国際ミステリー映画祭を主催し、文士劇を東京から盛岡へ引っ張っていってしまった。 高橋氏に引かれて、盛岡詣でをした作家は数知れない。
 それでいながら、自らの存在を目立たぬように、パーティーではいつも隅のほうに隠れているような謙虚な人柄は、 作家仲間だけではなく、だれからも好かれている。
 東北地方を襲った未曾有の大震災にもめげず、東北の精神の再建の中心的存在としてますますの活躍は疑いない。 高橋氏の受賞は、これまでの貢献の当然の結果であり、甚大なダメージにもめげず、 再建に向かって不屈の努力を重ねている東北人の意気を示すものであろう。高橋さんの受賞は、東北の精華の一つでもある。

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