一般財団法人光文文化財団

第29回鶴屋南北戯曲賞選評

ピンク地底人3号
撮影/chanmi

受賞作:
明日あすを落としても』
受賞者:
ピンク地底人3号(ぴんくちていじん3ごう)
受賞者略歴:

 1982年、京都府生まれ、宇治市在住。同志社大学文学部文化学科美学芸術学専攻卒業。地上侵略を目論む怪人。元納棺師。1000人以上の故人を見送った経験から、「生死」に肉薄した作品を1年に2本のペースで創作。セゾン文化財団セゾン・フェローⅡ助成。代表作に2018年『わたしのヒーロー』(第6回せんだい短編戯曲賞大賞受賞)、2019年『鎖骨に天使が眠っている』(第24回劇作家協会新人戯曲賞受賞)、2021年『華指1832』(第66回岸田國士戯曲賞最終候補作品)、2022年 青年座『燐光のイルカたち』(演出:宮田慶子)、2024年 東宝ミュージカル『町田くんの世界』(原作:安藤ゆき/演出:ウォーリー木下)、2025年 名取事務所『燃える花嫁』(演出:生田みゆき)など。2025年、初小説『カンザキさん』(『すばる』8月号/集英社)を発表。同作で第47回野間文芸新人賞を受賞。

受賞の言葉

鶴屋南北戯曲賞

ピンク地底人3号

「震災」を描かずして「震災」を描く。禅問答のような問いを自らに課して、本作を執筆しました。取材をするのも、参考文献を読むのも、辛かった。パソコンの前に座るのさえ、一苦労でした。
「逃げたい」と「向き合わなきゃいけない」の狭間でもんどりうち続けていると、やがて静寂がやってきます。そしてその静けさの向こうから「声」が聞こえてきました。その「声」は丸かったり、四角かったり、三角だったり、小さかったり、大きかったりします。僕はその「声」を一つずつ、台詞に変えて、人を、景色を、彼方の記憶を紡いでいきました。
 あらゆる「声」に耳を澄ますこと。この「声」が聞こえるうちは、どれだけしんどくても僕は戯曲を書き続けます。
 ラスト、どうしても、どうしても書けなくて、ふと井上ひさし先生の『父と暮せば』を思い出しました。

美津江  こんどいつきてくれんさるの?
竹造   おまい次第じゃ。

 先生から僕への「声」だと受け取り、僕なりのオマージュを捧げています。

雄介   ……ひかる、また来年も来るよな?
ひかる  (笑って)おっちゃんが望むなら。

 光文文化財団の皆様、選考委員の皆様、兵庫県立芸術文化センターの皆様、プロデューサーの宮地さん、矢羽々さん、演出家の栗山さん、座組の皆様、どん底にいた僕を救ってくれたsyrup16g、ART-SCHOOL、エレファントカシマシ、そして僕の戯曲に今まで関わってくれた、これから関わってくれる皆様、ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。

選考委員【選評】(社名50音順)

山口宏子(朝日新聞社)

 受賞作のピンク地底人3号さん『明日を落としても』は、神戸を舞台に、阪神・淡路大震災が起きる前と現在を行き来しながら、死者と生者の交流を繊細に描く。喪失の深さと、突然断ち切られたことで改めて認識される「生」の輝きを静かに語る、良質な作品だった。
ベテラン二人の戯曲に強い力を感じた。
 松尾スズキさん『アンサンブルデイズ』は、ミュージカルのアンサンブルのオーディションに集う若者たちの群像劇。毒や皮肉を利かせながらも、登場人物一人ひとりを大切に書き分け、カッコ悪かったり、愚かだったりするそれぞれの「青春」に、恥じらいながらエールを送る。愛情あふれる一編だ。
 横内謙介さん『北斎ばあさん』は、葛飾北斎が没した後の娘たちの話。放蕩息子に悩まされ続けたお美与と、絵師になったお栄(応為)。母親が違い、生き方も違い、さほど仲が良かったわけでもない初老の姉妹が、二人で旅に出る。年をとり、諸々のしがらみから解放されて、どんどん自由になってゆく姉妹が実に魅力的。「ばあさん」になるのは素敵だ! そう思わせる快作だった。

飯塚友子(産経新聞社)

 ピンク地底人3号さんの『明日を落としても』を、まず戯曲として読み、これは優れた現代の複式夢幻能だと感じました。
 阪神・淡路大震災から30年の昨年、関連作品が複数生まれましたが、今作は現代と過去とが交錯しながら溶け合い、時空と生死を超え、自然に隣り合って生きる姿を描く。旅館を切り盛りする主人公・雄介と、モラトリアム少年ひかるとのボクシングを通じた魂の交流があり、何度殴られても倒れても、彼らは立ち上がる。それは被災され、今も生き続ける阪神・淡路の人々の姿に重なります。
 ト書きでも情景や人物を繊細に描写し、それぞれの登場人物を「いかにもいそう」な血の通った人物に造形しているからこそ、「ただいま」と家族に言える〝明日〟の喪失を強く感じさせ、心に残りました。
 すでにスーパー歌舞伎などで評価の高い横内謙介さんの『北斎ばあさん』も、北斎の娘で腹違いの老姉妹にスポットを当てた切り口と、ファンタジー要素も面白く、推薦しました。

中村正子(時事通信社)

 筆者は阪神・淡路大震災から10年の節目を前にした2004年秋から年末にかけて、復興が続く神戸へ取材に通った。長田区で会った56歳の女性は、震災当時生後十カ月だった孫に読んでもらうために被災後の暮らしや心境をノートにつづってきたと話し、「震災の記憶がなくても被災者の一人だと伝えたい。『いつまで震災の話してるんよ』と言う人もいるけど、震災を風化させたらいけないと思うんよ」と胸の内を語った。
 その翌年に開館した兵庫県立芸術文化センターの二十周年記念公演として上演された『明日を落としても』は、神戸の街と人、そして震災の記憶の一断面を死者との対話を通して描きだす。主人公の雄介は、家業の老舗旅館を引き継ぎ、忘れようにも忘れられない記憶とどう向き合うべきか迷いながら30年を生きてきた男。25歳だった震災前後と55歳になった現在を行き来しながら、雄介が抱えてきたものが浮き彫りになっていく。震災当日のことは具体的には描かれないからこそ、個人的な経験としてではなく、喪失と再生をめぐる普遍的な物語として見ることができた。京都府出身で、関西を拠点に活動してきた作者のピンク地底人3号さんは元納棺師だという。重い題材を扱いながら、クスっと笑える場面もあり、死者を弔いつつ、生き残った者に静かに寄り添う眼差しが感じられる作品だった。

内田洋一(日本経済新聞社)

記憶と時間の劇

 プロレスラーもどきのいかついペンネームとは裏腹に、ピンク地底人3号は壊れやすいガラス細工のような言葉を紡ぎだす劇作家だ。言葉そのものが傷を負い、その傷が世界のゆがみを映しだすかのよう。阪神・淡路大震災30年を期して被災地の公共劇場が制作したこの作では、あの日を命日とする死者と生き残った者とが夢幻能の登場人物のように出会う。よくいわれるとおり、人は二度死ぬ。一度目は物理的な死、もうひとつは記憶の死。この作が描くのは後者だ。記憶を喪失していく認知機能のどうにもならない悲しみが、淡々とした言葉の裏にはりついていた。生と死が地続きとなるとき、現在のなかには過去がしみこみ、同時に未来への初発が兆す。旅館という場の位置感覚(影のさし方など)、スパーリングの空気を切る音、そうした細やかな戯曲の設定を生かす栗山民也の演出も見事だった。
 この戯曲賞の立ち上げから選考委員をつとめてきましたが、今回が私にとっての最終回となります。傑作を落としつづけてきた不徳が身にしみます。今回もまた。受賞にいたらなかった素敵な作品たちに改めて賛辞を贈りたいと思います。

内野小百美(報知新聞社)

 横内謙介氏の『北斎ばあさん』を推した。葛飾北斎を失った腹違いの老姉妹が、父の面影をしのびつつの珍道中。北斎を登場させず「主人公」を浮かび上がらせた手腕を評価した。昨年二月歌舞伎座で、同じく横内氏による蔦屋重三郎を描いた『きらら浮世伝』(1988年初演)を見た。昨年のNHK大河ドラマ『べらぼう』の約40年前に生まれていた充実した戯曲。同作あっての『北斎―』だった。
 阪神・淡路大震災を扱ったピンク地底人3号氏の『明日を落としても』は力作だ。が、3号氏では2022年秋の青年座『燐光のイルカたち』が印象深い。兄弟を巡る喪失と再生を描いたが、こちらの方が完成度が高く感じられた。
 私事になるが地震時、出身の関西にいた。記者五年目。身内こそ亡くさなかったが、せい惨な光景、被災地取材を思い出そうとするだけで、いまも胸が苦しくなる。自然の本当の恐ろしさ、言葉の無力さに打ちのめされた。受賞作を「作品」としてまだ完全に受け止められない自分がいたかもしれない。

広瀬 登(毎日新聞社)

 五つの候補作品のうち、もっとも心を打たれたのがピンク地底人3号さんの『明日を落としても』でした。阪神・淡路大震災から30年の節目に、震災で亡くなった人々を追悼し、生き残った人々を励ます作品は、広く、死者と生者の心の交歓を描く物語でもありました。言葉の一つ一つに、3号さんの切なる思いが刻み込まれていました。
 松尾スズキさんの『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』では、演劇とその世界の後輩たちへ向けられた毒のあるまなざしに、クククッと思わず笑ってしまいました。その毒っぽさは、とてもシャイであろう松尾さんなりの愛の裏返しだったのではないでしょうか。登場人物とそれを演じる若い俳優たちへのエールを感じました。
『ここが海』で一筋縄ではいかない題材に挑んだ加藤拓也さんの勇気、『北斎ばあさん―珍道中・神奈川沖浪裏―』で冴えた横内謙介さんならではの練達の筆、『震度3』における赤堀雅秋さんの人間社会への鋭い切り込みにも目を見張りました。

祐成秀樹(読売新聞社)

 討論では絞り切れず、三作品から投票でピンク地底人3号さんの『明日を落としても』を選びました。舞台は神戸の老舗旅館。毎年、阪神・淡路大震災が起きた日に現れる元アルバイトの若者とその旅館の経営者が、共にボクシングに打ち込んだ時を描くことで、命のきらめきや震災が奪ったものの大きさ、被災者の時間の堆積を浮き上がらせました。1月17日に「あの時」を振り返る感覚って、身近な人を亡くした人は今も持ち続けているのでは? 震災から30年の節目の年に顕彰するには、ふさわしいと思いました。
 ただ、私が推したのは、『アンサンブルデイズ』です。松尾スズキさんが指導している養成機関の若者たちに当て書きしたミュージカル。アンサンブル俳優の不遇さと奮闘をコミカルに描きながら、エンタメ界の問題点も鋭く突いていました。持ち前の「毒」より、若者たちへの「愛」が強くにじむ上質な群像劇でした。
 受賞は逃しましたが、若い力と向き合った松尾さんの変化、一次選考会で注目された細川洋平さん、堀越涼さんの今後に注目したいと思います。

TOPへ戻る