一般財団法人光文文化財団

第27回鶴屋南北戯曲賞選評

横山拓也
撮影/井手勇貴

受賞作:
『モモンバのくくり罠』
受賞者:
横山拓也(よこやま たくや)
受賞者略歴:

 劇作家、演出家、iaku代表。1977年、大阪府生まれ。2012年に演劇ユニットiaku(いあく)を立ち上げる。緻密な会話が螺旋階段を上がるようにじっくりと層を重ね、いつの間にか登場人物たちの葛藤に立ち会っているような感覚に陥る対話中心の劇を発表している。『エダニク』で第15回日本劇作家協会新人戯曲賞、『ハイツブリが飛ぶのを』の脚本で第72回文化庁芸術祭賞新人賞受賞。また、世田谷パブリックシアター『う蝕』(演出:瀬戸山美咲)、モボ・モガ『多重露光』、劇団俳優座『猫、獅子になる』(共に演出:眞鍋卓嗣)、新国立劇場『夜明けの寄り鯨』(演出:大澤遊)、文学座『ジャンガリアン』(演出:松本祐子)など、iaku以外への作品提供も多数。iakuの舞台作品を原作とした小説『わがままな選択』(河出書房新社、2022)、「人の気も知らないで」(「小説新潮」2023年6月号)の出版や、映画「あつい胸さわぎ」(監督:まつむらしんご、2023)が公開されるなど、幅広く活躍中。

受賞の言葉

鶴屋南北戯曲賞

横山拓也

 これまで何度か高校演劇のブロック大会の審査員をやらせてもらったことがある。全国大会への切符をかけた戦いということもあり、レベルは高く、どれも面白い。だけど、上演作にはオリジナルも既成台本もあって、その魅力は一様ではなく、単純な比較は難儀だ。そもそも、演劇作品に順位をつける必要なんてあるのだろうか? 発表を待つ演劇部員たちの不安気な顔を見て胸が痛む。順位なんて気にせずに、自分たちだけの作品づくりをすればいいし、その作品を愛すことができれば、それだけで人生の大きな宝物になるのに。などと偉そうに言っていた自分だが、鶴屋南北戯曲賞にノミネートしていただいた瞬間から、不安に満ちた毎日だった。今回で5回目のノミネート。「ノミネートされただけでありがたいです」と口にはするけれど、選考結果の出る日は胸が潰されそうな思いで過ごす。それを5年も……。ようやく解放された。もしかしたら、それこそが一番のご褒美かもしれない。
 第27回鶴屋南北戯曲賞に選んでいただき、本当にありがとうございます。稽古場で何度もディスカッションし、改稿を重ねた戯曲なので、俳優の皆さんをはじめ、作品づくりに関わってくれた関係者の皆様全員に感謝いたします。頂いた賞に恥じぬよう、今後も順位に惑わされることなく、自分の宝物になるような作品づくりに邁進したいと思います。

選考委員【選評】(社名50音順)

山口宏子(朝日新聞社)

山の中で関西弁が弾む

『モモンバのくくり罠』は、山の中で猪や鹿を狩り、ほぼ自給自足している中年女性・真澄が主人公だ。この生活を理想とする真澄と、そんな母に育てられ、いまは市街地で暮らす娘との間に、親の支配と子の自由という主題が潜んでいる。「宗教二世」などにも通じる普遍的な問題だ。狩猟仲間の男や、別居の夫らとの関係では、それぞれに疚しさを抱えた大人の心情が交差する。横山拓也さんはこの劇を弾むような関西弁で書き、真澄役の枝元萌さんらが好演した。
出色だったのは罠にかかった鹿を解体する場面。カーテン越しに語られる言葉だけで、「生命」を食べる知恵と技術の精密さ、狩人の冷徹さと敬虔な感謝が鮮やかに表現された。伝えたいことを「説明」しがちな戯曲が目立つ中、ここには「人の言葉」があった。こつこつと佳作を積み上げてきた横山さんの腕が光った。
 僅差の次点『いつぞやは』は、病のため若くして余命わずかとなった男と、彼の演劇仲間、故郷の旧友らとの交流を通して、生と死、喪失を描く。軽やかで乾いた表現から立ちのぼる哀しみとぬくもり。若き俊才・加藤拓也さんの筆が冴えていた。

飯塚友子(産経新聞社)

 私は横山拓也さんの『モモンバのくくり罠』を推薦しました。横山さんは南北賞候補常連で、登場人物の微妙な心の動きを、薄紙を一枚一枚重ねるような会話で見せる手腕は、すでに高く評価されています。
 今作も関西の山奥で、自給自足の狩猟生活を送る主人公と、その家族との価値観の齟齬を、横山さんらしく関西弁で軽やかに描写。宗教二世問題にも通じるテーマで、親の価値観を植え付けられた子供が社会生活で苦しむ一方、親を否定できない悩みを、繊細に見せました。かといって深刻ではなく、社会問題を笑いに転化して観客に提示します。
 結末が少々、安易な〝ハッピーエンド〟に感じられたのが惜しいですが、過去の優れた作品群も含め、評価すべきだと思います。
 また原田ゆうさん『悼、灯、斉藤』は、母親の急死で実家に久しぶりに集結した三兄弟の会話から、どの家庭も抱える闇が徐々に浮き彫りになっていくミステリー的展開が巧みで、こちらも推しました。

中村正子(時事通信社)

 5度目のノミネートで受賞となった横山拓也さんは、生活実感のあるせりふを丁寧に紡いで登場人物が抱えている悩みや葛藤を普遍的なテーマとして浮き彫りにしていく作品を書いてきた。「加害者」と「被害者」になった幼なじみ同士の複雑な関係性を見詰めた初ノミネート作の『逢いにいくの、雨だけど』、就労支援施設を舞台に障害のある人の性に切り込んだ『ヒトハミナ、ヒトナミノ』など、身近にあるのに気付きにくい、あるいは避けてしまいがちな問題に目を向け、考えさせてくれる。
受賞作の『モモンバのくくり罠』は、山中でくくり罠猟と農作を行って自給自足の生活を送る女性と、そんな暮らしへの違和感から山を下り、町で暮らす娘を軸にした物語。価値観の違いと向き合い乗り越えようとする家族の姿がコミカルなタッチで描かれる。掛け合い漫才のような関西弁の軽快なせりふに力があり、少々突飛に思える題材にもリアリティーが感じられた。
戦時下の報道の現実を描いた『同盟通信』の古川健さんも同じく5度目のノミネート。SNSが広がり、フェイクニュースがはびこる中、国策通信社の記者たちの葛藤を通して報道の真実性や受け取る側のメディアリテラシーについて考えさせられる労作だったが、史実を踏まえつつ芝居としても面白く見せる工夫にもうひとひねりあってもよかった。

内田洋一(日本経済新聞社)

日本社会の宿痾見とおす異色作

 横山拓也さんは関西弁ならではの微妙なニュアンスを駆使する会話劇で、すでに確かな地歩を築いている。社会の片隅に追いやられる者たちの息づかいまでとらえる描写力が際だつ。受賞作は獣を捕って「山の民」として生きる母とそこから逃れようともがく娘の関係を軸に、ケガレ観からくる差別という日本社会の宿痾や宗教二世の苦しみまで見とおす異色作だ。自然と人工の間で宙づりになる人間の姿が見えてくる。5回目のノミネートは実力の証。意表をつく作劇で賞を射とめたことを喜びたい。
 古川健さんも5回目のノミネートだった。なぜ、日本人はあの悲惨な大戦争を止められなかったのか。歴史劇の貴重な書き手として追憶の劇を書き継ぎ、高い評価をもう受けている。願わくは現代史の森へ分け入り、史実の向こうに眠る人間の声をすくっていってほしい。加藤拓也さんの二作も、ガラス細工のような心のふるえをなぞるせりふが見事。その手からは、さらなる力作が生まれるに違いない。

内野小百美(報知新聞社)

 横山拓也さんの受賞に心から拍手を送りたい。自分が推したのは、古川健さんによる劇団青年座『同盟通信』と横山さんの『モモンバのくくり罠』の二作品。同世代の二人はともに5度目の候補作だった。
『同盟通信』は戦時下の通信記者の視点を通し、戦争報道の真実に迫ろうとしたが、これまでの古川戯曲と比べると史実に縛られ過ぎた印象を受けた。本人も窮屈さを抱えながらの執筆ではなかったか。力量は多くの人々が認めるだけに近い将来、満を持しての受賞を待ちたい。
『モモンバ―』を見たとき、横山氏の『あつい胸騒ぎ』(2019年)を思い出した。上演先のこまばアゴラ劇場を、高揚感や切なさの入り混じった感情の余韻とともに後にしたのを覚えている。その年、自分の一押しがこの芝居だったのだが、候補からも漏れ、寂しかった。受賞作とは設定や内容も全く違うのだが、母娘の複雑な胸の内が描かれる点で共通している。
 横山戯曲は関西弁が効果的に使われ、役者も達者な人が多い。逆に脚本の完成度が薄れて見えることがある。しかし『モモンバ―』の戯曲を丁寧に読み直すと、「強度あるセリフ」の積み重ねによって巧みな芝居が生まれていることに気づく。受賞は通過点。さらなる活躍を祈りたい。

広瀬 登(毎日新聞社)

 2023年は新型コロナウイルス感染症が5類へ移行したものの、劇団やカンパニーにとって、まだまだ困難な1年だったと思います。たくさんの素晴らしい舞台を見せていただいた皆さまに、まず感謝いたします。
 その中で、横山拓也さんの『モモンバのくくり罠』はもっとも笑った作品だったかも。ゲラゲラ笑いながら、宗教二世の苦悩や青春期における自己確立、森からもらう命といったシリアスな問題意識にハッと気付く。硬軟の塩梅にうなりました。
 加藤拓也さんの『いつぞやは』は、末期がんを抱えながら、ひょうひょうと生きる主人公がいとおしい。演劇に再挑戦してみたり、故郷で幼なじみの女性と新しい人生を始めようとしたり。彼の小さな人生の最終章を、加藤さんの筆は慈しみながら描く。深い感銘を受けました。
 同じ加藤さんの『綿子はもつれる』、原田ゆうさんの『悼、灯、斉藤』、中村ノブアキさんの『磁界』、古川健さんの『同盟通信』――いずれも忘れがたい好作でした。

祐成秀樹(読売新聞社)

『モモンバのくくり罠』は、候補作の中でいちばん笑えました。山奥でほぼ自給自足の生活を送る女の家に娘や夫ら様々な理由で集まった男女が思いをぶつけ合う。横山さんお得意の関西弁の会話劇で、出演者も気心が知れた面々だったのでしょう。絶妙のタイミングで茶々を入れ合ううちに、それぞれの背負っているものや今の日本の生きづらさが浮かび上がる展開が「さすがだ」と思いました。個人的には別の作品を推していましたが、『モモンバ』に決まった時には正直ホッとしました。横山さんの作品は私が参加した過去3回の選考会でも候補になり好感を持たれながらも「強い作品」に賞をさらわれていたからです。
 別の作品とは加藤拓也さんの『いつぞやは』です。ガン宣告された売れない役者を巡る緻密な口語演劇。「心温まるいい話」で若くして死を迎えることに関する感情がちりばめられていました。加藤さんのストーリーテラーとしての力量や思考の深まりが分かりました。次回作が楽しみです。

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