一般財団法人光文文化財団

新人賞応募者必見! デビューを目指すあなたへのメッセージ。<br>
          日本ミステリー文学大賞新人賞 新選考委員就任記念対談 辻村深月×薬丸 岳

辻村「回り道をたくさんしても熱量のあるものは選考委員に伝わるので、もっと好き勝手にわがままに書いてみてください」

薬丸「応募作は、奇抜でなくても、切り口の新しさがあると魅力を感じますね。一番大事にしていることです」

 新しい才能と野心にあふれた新人作家の発掘を掲げる日本ミステリー文学大賞新人賞。第25回より新たにお二人の選考委員が就任しました。ジャンルを横断して物語を紡ぐ辻村深月(つじむら・みづき)さん、犯罪被害者や加害者への透徹した眼差しからドラマを描く薬丸岳(やくまる・がく)さん。デビューまでの道のりや小説作法、そして新人賞について、新選考委員のお二方が存分に語ります。デビューを目指す皆さん、必読です。

 ――この賞も第25回で四半世紀、一つの節目となります。ぜひ良い作品を選んでいただきたいです。まず最初にお二人の選考委員歴を伺わせてください。

薬丸 僕は「日本推理作家協会賞」を去年(2019年)から始めて今年(2020年)で2年目、それが長編の選考で、次の二年が短編と評論の選考をします。同じように去年から「小説現代長編新人賞」の選考委員を始めて2年になります。
辻村 最初にお受けしたのは、新潮社主催の「女による女のためのR-18文学賞」です。三浦しをんさんと選考委員を務めて、来年(2021年)で十年目になります。それに「小説 野性時代 小説新人賞」。ミステリーの賞は「江戸川乱歩賞」を2015年から2018年まで。他に「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」と「松本清張賞」。それと、小学館の「ノンフィクション大賞」です。不思議なことに春が埋まっていて秋が薄かったんです(笑)。
薬丸 乱歩賞も5月ですよね。
 ――そこで10月に選考会が行われる光文社の賞も受けていただいたのですね。
辻村 そうなんです。今回、話が来た時に、これ以上選考委員をお受けするのは大変かもと実は躊躇したんです。でも、「選考委員のもう一人を薬丸さんにお声がけしようと思っている」と聞いて、「それならやります」とお伝えしました。
薬丸 嬉しいです。でも本当ですか?(笑)
辻村 本当です!

梗概から勝負は始まっている

 ――お二人が選考委員でご一緒されたことは?
辻村 選考委員としてご一緒したわけではないのですが、乱歩賞の選考委員をしている時に司会立会理事が薬丸さんだったんです。その司会ぶりを見て、次は選考をご一緒してみたいと、感じるようになりました。
薬丸 いや、けっこうあたふたしていました。
辻村 大変だったと思うんですよ、あの回は。
薬丸 ちょうど46年ぶりくらいに受賞作なしの年だったんです。
辻村 薬丸さんご自身は、司会なのに選考会の途中で思い入れが出てしまうかもしれないからと梗概だけ読んでいた状況で。途中、薬丸さんが「皆さんの話を聞いているとこれってどういう話なんですか」という場面があったんです。選考が行き詰まっている状況で、そう訊かれると第三者に話す時どうするかも考えるし、薬丸さんの合いの手によって進むことが結構あった。「受賞作を出したい」気持ちと「大事な乱歩賞だからこそ生半可なものを出してはいけない」気持ちとが両方選考委員の皆の中にある状況で、薬丸さんが「では、皆さん目を瞑って手を挙げてください」という流れに。「え!? それ(多数決)やっていいの?」って思ったんですけど、その時に薬丸さんが一言、「僕、誰にも言いません」と言ったんですよね。
薬丸 いまだに言ってないです。
辻村 その時に、ああ、この人は本当に誰にも言わないだろうなと心の底から思えたんです。その時に薬丸さんのことがすごく信頼できるというか、大好きになりました。司会の立場で決を採るのは勇気のいることだったはずです。だけど、それがあったから、ちゃんと結論が出た。
薬丸 あの時は全体的に受賞作に推せるものがないという雰囲気で、ただやっぱり45年間受賞作が出ているのに、ここでストップさせることの躊躇いみたいなものがありましたよね。
辻村 ありました。そこで司会がいてくれることの意味があったんです。あの回の司会が薬丸さんじゃなかったら、たとえ同じ結論になったとしてももっと違う形になったかもしれない。だから、本当にすごいな、と思って。薬丸さんはあの時には司会の立場でしたけど、選考の場をご一緒すると、自ずとミステリーについてどういう考えを持っているかも伝わる。しかも薬丸さんは乱歩賞のご出身だし、自分だったら、という思いも当然強くあったと思うんです。だから、実際にミステリーの候補作を間に挟んでどういう読み方をされるのかを同じ選考委員の立場で話せる今回の選考が楽しみです。
薬丸 乱歩賞は最初、司会立会理事の立場として、最終候補作を読むべきかが悩みどころでした。司会立会理事にも送られてくるんです。見習いで池井戸潤さんについた時にも送られてきまして。迷ったんですがその時は読んだんですね。立ち会いの際、意見が白熱している時はいいんですけど、決め手がなくて沈黙気味な時に司会は自分の流れに持っていくこともできるなと思い、あまり読まないほうがいいのかなと。
辻村 あと薬丸さんが梗概だけ読んでいるからこそ、その文章とか内容がイマイチだと、それを人一倍感じているなと……。
薬丸 他の賞で見ていてもこの梗概はどうだろうって思ってしまうんですよね。
辻村 今回、せっかく新人賞でどういうものが読みたいかという話なので、そのあたりもお話しできたらなと思って。やっぱり作品がうまい方って梗概も面白いんですよ。
薬丸 自分が見せたい形のプロットになっていると、梗概もそれに沿って書かれているものが多い。逆によくわからずに書き進めているものは梗概を読んでもどういう話かわからないような。
辻村 梗概はいつ読みます?
薬丸 僕は一番最初に読んでいます。
辻村 私は本文を全部読み終わってから読むんです。作中に驚きやどんでん返しがあるかもしれないからネタバレされたくなくて。そうすると作品を読んで意味がわからなかった箇所が、梗概で「これが書きたかったのね」っていうふうになったりして。
薬丸 僕もそっち側にしたほうがいいかなあ……。
辻村 いやいや(笑)。でも、そうするとこれを書きたいんだったら、その書き方じゃ足りないよ、となったり。
薬丸 僕にとって梗概は、最後のオチまできちんと書かれていて、なおかつ物語で読んで小説としての着地点を知った上で、面白いと思えるのかが重要です。ちゃんと書かれている方は小説も面白い場合が多いですね。
辻村 梗概に真相をどうやって書くかは自分で応募する時もすごく迷ったんです。
薬丸 どうでした?
辻村 犯人の名前など、真相までは書かなくて、流れを書くようにしたんです。「犯人の名前がわかり、そのことについて皆が話す」みたいな。それがよかったかどうかはともかくとして、今、応募作の梗概で同じ方法をとっている人がいると「おお!」って思いますね。

小説道一筋の辻村さん、紆余曲折の薬丸さん

 ――お二人の新人賞の応募歴も伺えますか。
辻村 デビュー作(『冷たい校舎の時は止まる』)は枚数が多いので規定のあるところには出せなくて、「日本ホラー小説大賞」にデビュー作の原形のようなものを応募しました。箸にも棒にもかからず、でしたが。応募原稿は規定の枚数で送れば読みにくくても読んでもらえると思っていたんです。だけど当時はデータでなく出力したもので、あまりに字間が空きすぎていて……。
薬丸 原稿用紙に印字したような感じですね。
辻村 そうなんです。それでも、選考委員の方とか編集者はプロだから、文字が書いてあれば読んでもらえるだろうなと。今考えるとあんな読みにくい原稿は送られてきた段階で読みもせずに落とされても仕方ない(苦笑)。その後にミステリーではない小説を「小説すばる新人賞」に投稿して一次に通りました。自分の名前が載った「小説すばる」を見た時にめちゃくちゃ嬉しかったです。「あ、世の中に無視されなかった」って。
薬丸 わかります。
 ――おいくつの時ですか?
辻村 22、23歳で、大学を卒業してすぐくらいですね。二次まではいかなかったんですけど。でもそこで覚悟が決まったというか、じゃあもう徹底的に『冷たい校舎の時は止まる』の原形となる小説のほうを直そうと決めたんです。この長い小説に白黒つけないと、他のものを書いていても、そちらのことばかり考えてしまうと思って。あれから17年経ちますが、実際にそこでデビューしていなかったら今でもその学園ものを直していたと思います。応募するなら削らなきゃいけない。でも削りたくない。だから、むしろ書き増したんです。一人一人のエピソードを書き込んで長くして、「これでだめだったら確実にこの小説はだめなんだ」と思えるまで修正して。「メフィスト賞」は編集者がデビューさせたいと思ったら受賞という絶対評価の賞。逃げ場がないんです。相対評価なら今回はこの人のほうが優れているから仕方なかったと思えるかもしれないけど、ここで一行しか感想がもらえなかったら立ち直れない。だから、出したいけど出したくないという気持ちがありました。応募するなら、もう徹底的にやり尽くした形でやらないと、と。
薬丸 メフィスト賞は応募作全部に感想がつくんですよね。お送りした時は何枚くらいだったんですか?
辻村 千三百枚でしたね。
薬丸 すごい量ですね!
辻村 それと、その頃は社会人で、仕事をする中での人の動きも見えてきていたので、今度は読む相手がいるということを意識して、レイアウトを読みやすくすることにもかなり気を遣いました。そうやって送ったところでの受賞でした。
 ――薬丸さんは?
薬丸 小説で初めて書いたのは『天使のナイフ』なのですが、その前に十代の頃からシナリオらしきものを書いていました。映画のシナリオの賞などに応募してはスルーされてばかりでしたが。その後もフジテレビの「ヤングシナリオ大賞」や「TBS連ドラ・シナリオ大賞」など一時間ドラマの賞にも応募して、ほとんど一次も通らない感じでしたね。
辻村 最初に小説ではなかったのはドラマがお好きだったからですか?
薬丸 元々映画が好きで映像のほうをやりたかったんです。小説はたくさん読んでいたわけでもないので書くハードルが高いなと思っていて。今はシナリオはシナリオで別の難しさがあると思うのですが、当時はシナリオならばセリフとト書きの世界なのでそれほど文章力、描写力がなくても書けると思っていたんですよね。たとえば「薬丸、走る」「薬丸、泣く」みたいな。
一同 (笑)
薬丸 そんなわけで小説はまったく考えていなかったんです。ドラマの賞に応募して、たまに一次、二次を通過して、「月刊ドラマ」などに名前が出たら喜んで、と中途半端なことを続けていました。30歳前くらいにドラマに応募することの限界を感じ、友人から「漫画原作という手もあるのでは」と言われ、「オールマン」(漫画誌)の原作賞に応募したところ、2回ほど佳作をいただきました。自分が原作を手がけたオリジナル作品は46ページくらいの漫画になったんです。
辻村 なかなか小説に辿り着かないですね(笑)。あいだに漫画も挟むとは。
 ――ジャンルはなんだったんですか。
薬丸 アクション系でしたね。その頃からサスペンス系のものを書くようになっていました。
辻村 最初にシナリオを書いていた時は? ミステリーだったんですか?
薬丸 いえ、まったく別のジャンルでしたね。青春ドラマもどきやファンタジーもどきとか。ちょっと恥ずかしくなってきました……。
辻村 その漫画原作で漫画化されたものは薬丸さんのお名前で?
薬丸 今の名前です。一応家にも一冊残っていますよ。
辻村 貴重ですね!
薬丸 その漫画は誘拐サスペンスで。でも、今の作品への結び付きは……かろうじて以前に比べればサスペンスっぽいものが自分は好きなんだと思い始めましたかね。でも、その後仕事につながることはなくて、厳しいのかなと思っていた頃、通勤電車で(高野和明さんの)『13階段』を読んで衝撃を受けました。それまでの自分の志の低さにようやく気づいたんです。
辻村 いよいよ小説に。

人気作家の小説修行時代

薬丸 そこから小説を勉強して乱歩賞に応募しようと。それまで五百枚もの原稿は書いたことがなくて、自分にそれだけの熱量があるものはなんだろうと考えた時、少年犯罪に関心があったのでそれを題材に応募しようと決めたんです。資料を調べたり、話をいくつか作っていったりしていき、四ヶ月くらい経った時に『天使のナイフ』の原形となるプロットができあがって、あと四ヶ月あれば小説を書いて応募できるのではと思いました。乱歩賞はちょうどその時が50回目で、どうせなら「第50回 薬丸岳」みたいになればと夢想したんですけど(笑)。でも、数枚書き始めて、小説としても、文章としても、これはだめだと思ったんです。それで一年延期して小説を勉強してもう一回書き直そうと。
辻村 勉強は何をしたんですか?
薬丸 まずは乱歩賞の『13階段』と東野圭吾さんの『魔球』を、仕事から帰宅後にパソコンで模写しました。段落も改行も全部合わせて書きましたが、一作終えるのに一、二ヶ月くらいかかるんですよね。書き写すだけでこんなに時間がかかるなんて、自分で考えて五百枚を書くのはどれだけ大変なんだろうと思いました。小説の書き方などの本を読んで、ミステリーのルールや視点という部分も学んでみて、最初の数行を書いて挫折したのはそこだったと思うんですよね。だから、当時僕は外回りの仕事をしていたので、デジカメで外の風景を何でもいいから一枚撮って、街や公園などを描写する二、三行くらいの文章を書いたり考えたりしました。家に帰ったら写真をパソコンに取り込んで、さらに推敲するということを毎日続けて。そのうちに文章を書くことへの抵抗感が少なくなってきたんですよね。あともう一つ。元々、小説はある作家の方が好きになるとその方の作品だけを読むほうなんですね。ですが、その時期は満遍なく多くの方の本を読みました。
辻村 『鬼滅の刃』の修行の話を聞いているようです! こうすれば呼吸って身につく、みたいな。全集中の呼吸も課題を一つずつこなすことでしか習得できないけど、その過程の話を聞いてるみたい。まさに修行だったんですね。
薬丸 本当に書こうと思い始めたのが33歳だったんですよ。シナリオは10代後半から応募していたけど、それだけで満足していたんです。「俺は夢を追っているんだ」的な。そこに陶酔していた。でも、『13階段』を読んだ時に今まで自分がしてきたことの不甲斐なさと言いますか、志の低さを痛感したんですよね。アマチュアの方がこんなにすごいものを書いていて、同じように物語を作ることを目指してきた自分は本当に中途半端だったなと。『天使のナイフ』を描く中ではそれまで自分がやってきた百倍のことをやり尽くした気がします。お金がなくても取材に行ったりとか。
辻村 そこで『13階段』と同じ乱歩賞に出そうと思った志が素晴らしいですよね。
薬丸 (受賞まで)もっとかかるとは思っていましたけどね。
辻村 でも一回目の投稿で受賞になったんですよね! すごい!
 ――辻村さんは文章修行は何かされていたんですか?
辻村 私は中学の時に、修行というより、ただただ好きすぎて、綾辻(行人)さんの本を模写していました。「なんて素敵な文章なんだろう! これを自分のものにしたい!」という気持ちで。書いていると自分の文章になったような錯覚を起こしたり(笑)。
薬丸 小説自体はおいくつくらいの時から書かれていたんですか?
辻村 小学校三年生くらいの時にクラスの中で交換日記をしていて、友達が自分の日常を舞台にした恋愛小説を書いていたんです。それを見て、「あ、小説って書いていいんだ」って気づいたんですよね。たしかに文字だったら絵と違って書けはするから、じゃあ書いてみよう、と。その頃、ティーンズノベルをたくさん読んでいたのですが、著者があとがきで読者と交流してくれる形のものも多かったんです。小説を書く人の中には、昔から書き続けて、応募原稿の規定枚数じゃ足りないほどの一大サーガができてしまった方ってけっこういると思うんですけど、私もそうでした。でも、その時に自分が尊敬するサーガものを書く作家さんが「厳しいことを言うようですが、小説を書き上げたことがない人は小説を書いているとは言えないと思う」とあとがきに書いていたんです。その言葉を読んで、はっとして。とりあえず模写からも離れて、何でもいいからと、高校生の時に初めて長編を一つ書き上げました。最後まで書けた、というその経験が、今思うと大きかったです。
 ――『冷たい校舎の時は止まる』を書くまでには何作くらい書かれたんですか?
辻村 5、6作書いていて、2作目の『子どもたちは夜と遊ぶ』や3作目の『凍りのくじら』は昔書いていたものが原形ですね。その後の中編でもその頃に書いていたものがベースになったものがいくつかあります。 薬丸 今お聞きしていて思ったのが、やはり想像力や空想力って子どもの頃からなんだなと。僕も実際に書いたのはずっと後ですけど、物語の空想は小学生の頃からしていて、それが今につながっているように思います。
辻村 子どもの時にはイマジナリーフレンドがいると言いますが、そういう感覚がより強い人が物語を作る人になっていくのかもしれませんね。

作家志望の皆さんの質問にお答えします

 ――ここからは講談社文芸サイト「tree」を通じて作家志望の方々から募った質問にお答えいただけたらと思います。
『物語を書くにあたって、骨組みを作るまでは出来ても肉付けが下手で、薄っぺらい話ばかりになってしまいます。その為、なかなか新人賞の最低限の枚数まで到達できません。どうすれば、深みのある物語が書けますか?(サクさくらんぼさん/20代)』
薬丸 登場人物の心情や背景の動きがあまり考えられていなくて弱いのかなと思うんです。骨組み、つまりプロットを優先しすぎると、どうしても人物の言動や心情が都合よく動いていくんですよね。そうなると登場人物の葛藤などが少なくなるので、枚数として短くなり、薄いと感じられるのでは。プロットも大切ですが、まずは登場人物の葛藤や感情を同時に考えていく。物語で驚かすことよりも、そちらを作っていかれたらいいのではないでしょうか。
辻村 私のデビュー作はミステリーとして見ると無駄なところがいっぱいあるんですよ。今読んでもそうです。だけど、それができるのがデビュー作なので無駄なことをしてほしいんですよね。骨組み作りがきれいにできたとしても、自分がどういう作家なのかは自分自身でもわからないことも多い。ただ、何年かして振り返った時、無駄に思えた部分こそが「私らしさ」だったんだってわかってきたりする。デビュー時に読んでくれた読者もそうかもしれないですね。「ミステリーとして読んでいたけど、ああ、青春小説の人だったのかも」とか「特殊設定の人だったんだ」とか。無駄なことが多ければ多いほどデビュー作の中に自分らしさが出ると思う。薬丸さんがおっしゃるように登場人物を書いていくと「脇役だけど彼のことがめちゃめちゃ好き。書くのが楽しい」って依怙贔屓する気持ちも当然出てくると思います。そうしたら骨組みの邪魔だから切り捨てるのではなく、絡めてみる。回り道をたくさんしても熱量のあるものは選考委員に伝わるので、もっと好き勝手にわがままに書いてみてください。
薬丸 欲張って欲張ってこそ生まれる熱量は、新人賞を突破する一つの要素だと思います。

小説に正解はない

辻村 皆がB評価をつける整ったものって、かえって推しにくいですよね? だから、他の全員がCをつけても、たった一人がAをつける作品をやっぱり私たちは読みたいです。
薬丸 うまいと思える人はけっこういますよね。最終選考に残る時点でやっぱり皆さんそれぞれうまいんです。ただ、うまい+αでどこまでそれが選考委員の心にひっかかるか、次に読者の心にひっかかるか、ということがあって。そうでないとデビューできたとしても続かないような気がします。
辻村 不思議なもので、自分がCをつけているけど、ほかにAをつけている人がいる作品は、自分はダメと言っているんだけど、なんだかAをつける理由もわかる気がするんです。自分にとってダメだったところこそがその人には響いたんだなと思って。不思議ですよね。
薬丸 選考委員によって見方が結構違いますよね。
辻村 選考に携わってよかったのが「小説って正解がないんだ」とわかったことです。初めて選考をした時に、候補作が六作送られてきて、そうは言っても多分編集者がその中に「今回はこれだろう」という作品が混ざっていると思っていたんです。
薬丸 僕も最初そう思っていました。
辻村 思いますよね! でも、違うんです。正解がきっとあるだろうと思って読んで、「あれ、どれもあまり……」となると、最後の一作がそれなのかとハードルを上げて読んでしまうことがあったんです。けど、いざ蓋を開けてみると、他の選考委員の方と意見も合わないし、終わった後に編集の人たちに「どれだと思っていたんですか」と聞くと、皆違う作品の名前を挙げる。だから、正解はないし、大本命がある世界でもないんだと思ったんですよね。
薬丸 自分(選考委員の方)が知っている世界だとちょっと厳しくなって、欠点が見えやすくなることもあるんですよね。逆に自分がそんなに馴染みのない世界だとより面白く読めたり。
辻村 選考を終えた後に他の方が、「辻村さん自身の作風と、推すものが全然違う」と話していたのを人伝に聞いて、「え、そんなふうに思われてたんだ!?」と思ったりとか。
 でも、選考会ってすごく楽しくて、アベンジャーズみたいな雰囲気がありますよね?(笑)。「SFはわからない、だけど面白い」という時、「じゃあ、SFに詳しいこの作家さんの読み方を聞きたい」と思う。知識を補ってもらえる安心感がありますね。チームなんだなと思って。
 ――お二方の答えをまとめると、無駄なものを楽しく書くとか、キャラクターの歪みみたいなものをちゃんと書くことによって、小説に厚みを持たせることを意識したほうがいい、という感じですかね。
辻村 後の質問にもかかわってきますけど、骨組みやプロットにとらわれすぎないほうがいいです。最初に作っていたプロットを超えてくることは何枚も書いているとありえるので。その場合には一度作ったプロットでも思い切って一旦捨てることを覚悟してみるのもいいんじゃないでしょうか。

プロットとの向き合い方

 ――次の三つの質問はプロットにまつわるものです。
『プロットは作った方がよいですか? 書き進めている途中で、筋がプロットと違ったらどうしたらよいですか?(P.N.書くのは大変さん)』
『ミステリーを書く時に「面白いトリックを思い付いたから、それを用いた事件を書こう」よりも「このシチュエーションで事件が起きたら面白そうだな」という感覚で書き始めることが多いため、途中まで書き進めてもオチが決まらないことが多々あります。僕は辻村深月さんの小説の伏線回収がいつも鮮やかで大好きなのですが、あれらは書き始める前に決めているのでしょうか? 結末を決めずに書き始めた際にオチをつけるための考え方を教えてください。(榊史華さん/20代)』
『創作をする際、自分が思い描く結末に向かって書き進めても、途中で文章を思い付かなくなってしまうことがあります。お二人はそのような経験はありますか? また、そのような状況に陥った際はどのように自分の気持ちを立て直しますか?(竹中さん/20代)』

薬丸 書き下ろしや短編ですと全体のプロットを考えてから書き始めます。ただ連載に関しては先のことがほぼどうなるかわからない状況で書いていることが多いですね。
辻村 薬丸さんでもそうなんですね?
薬丸 そうですね。なんとなくこういうふうになるかなくらいのものは時々ありますけど、本当に先がどうなるかわからないほうが多いです。
 ――デビューしてからしばらくは考えていたのではと思いますが。
薬丸 そうですね。デビュー作以降、『闇の底』『虚夢』は書き下ろしですし、『悪党』や夏目シリーズも連作短編だったので、そういう意味では初期の書き下ろし長編や短編に関してはプロットをある程度考えてから書いていましたね。逆にどういう結末になるか、どういうことが伏線になっていくかというのが思いつかないとなかなか書けなかったです。それこそ『神の子』あたりから先の展開がわからない状況で書くことが多くなりましたね。
辻村 今もですか?
薬丸 今もそうですね。
 ――今はそのほうが、物語を最後まで作るよりも、ある種スタートしやすいですか?
薬丸 そうですね。どこに行くのかまったくわからないことはないのですが、そこに至るまでの通過点がどういう形になるかはギリギリまで考えますし、最初はそれほど重要に考えていなかった登場人物が書いているうちに重要になっていくこともあります。そうなると主人公の動きも変わりますし、最初に考えたプロット通りに進めようとは思わないほうがいいかなと思うんですよね。
 ただ、新人賞に応募する場合、ほとんどプロットを考えずに書き進めて最後まで持っていけるかということはあると思うので、やはりプロットの段階でもうちょっときちんと考えて、書いている途中でもプロットが変わりそうなら一旦立ち止まる。しょせん自分がちょっと考えついたことに執着しすぎない。もっとすごいものが出る可能性があるので、立ち止まって考えてほしいと思います。
 毎年応募するルーティンを重んじたい気持ちや、少しでも早く世に出たいという気持ちもすごくよくわかるんです。でも、まずは、どうやったらいい作品になるんだろうかということを優先して、遠回りでも無駄でもいいので、迷ったらいろんな道を辿っていく。最短コースで行こうとしないほうがいいんじゃないかと思いますね。
 ――一旦止める勇気を持つということですね。辻村さんはいかがですか?
辻村 「途中まで書き続けてもオチが決まらない」というのはすごくわかるんです。でもなぜ小説を書きたいと思ったのかを考えると、「自分の作ったこのキャラクターがこのセリフを言うのが超かっこいい」とか、「真相がわかって泣き崩れるこのシーンが書きたい」とか、イメージを何か持っているはずなんです。そこだけに向かって書いてほしい。プロットでガチガチに作ろうとすると、「小説のために小説を書く」というように目的化されてしまって、話が小さくなりがちです。がむしゃらに書いていると、自分の思考を超えたものが出てくる瞬間があると思うんです。その瞬間があるかないかというのが作家に向いているかいないかということにもかかわる気がする。私はプロットを作らず、「このシーンを書きたい。この感情を書きたい。このことが自分でもわからないから書いてみよう」ということが多くて、執筆の途中で「このために自分は書いていたんだ」と思える瞬間がある。その瞬間に向けて書き始めます。
 時折プロットをうっすら立てることもありますけど、その通りのものにしかならなかった時は失敗作だと思うんですよ。泣き崩れる犯人が書きたいと思ったら、「なんで彼は泣くんだろう」「こんな過去を背負っていたから泣いたんじゃないか」とドラマが出てくるはずなので、最初はわからないところからでもいいから、その犯人が持っているドラマは何かを次の章で考えてみるなど、まずは気の赴くままに書いてみては。読み直してみて結果的に無駄だったら、それは後でいくらでも修正できます。自分が知らず知らずのうちに張っている伏線って絶対あるんですよ。「伏線回収がいつも鮮やかで」と書いていただきましたけど、伏線と思って書いていないものもたくさんあるんです。その時はわからなくて書いていたけれど、後になって、「ああ、あれ伏線だったんだ!」というように。
薬丸 どんどんドアが広がっていく感じですよね。それを一つ一つ開けて可能性を探していくような。
辻村 そうですね。ドアが広がって可能性が広がると同時に、書けば書くほど、こっちの方向には行かない、と可能性を狭めていく部分もあるので広がるドアは選択できる形になっていると思うんですね。狭まっていって逃げ道がなくなると、一本道がわかってくる部分と、昔書いていたこのルートが横穴みたいにここにつながるかもしれないということもあるかもしれない。
薬丸 それが何かのきっかけで線がつながった時に、「あ、ここだったのか。これがやりたかったんだな」とようやく後半になって道が見える。
 ――辻村さんはプロットを作らないとおっしゃっていましたが、デビューしてからずっとそうなのでしょうか?
辻村 デビューしたあとの二作品は原形があるものでしたが、四作目の『ぼくのメジャースプーン』は、登場人物たちと一緒に自分も考えたい、という気持ちで書いて、そこで今のスタイルができた気がします。結末がわからないけど、何か書き始めたら終わるんだと信じられるようになったというか。「思い入れを持って書いたこのシーンは面白いはずだ」「このトリックがあったら驚かせることができる」というふうに自分の思い描いたイメージにとにかく自信を持ちまくってほしい。自分自身が自信を持っていないものは伝わらないですから。
 ――物語の筋に関する質問を多くいただきましたが、それと共にキャラクターの描写も大切だと思います。筋に合わせてキャラクターを作るのか、それともキャラクターありきで書くのか。お二方はいかがですか?
薬丸 僕はキャラクターありきの作品は夏目以外ではほぼないんですね。まずは書きたい題材や設定を見つけて、それらから適した人物をという発想ですので。
辻村 キャラクターについては作品によります。小説についての質問を募ると、よく「どういう時に思いつきますか?」という質問がくるんですけど、私の場合は圧倒的に面白い映画やドラマを見た時、面白いものを読んだ時に、「こういうことをやってみたい!」というのがモチベーションになるんです。でも、そのままやったらただのパクリだから(笑)。じゃあどうするかというと、「ああ、こんなに登場人物のことを思って涙するようなものを自分も書いてみたい」というテンションがベースになる。自分のやり方で、自分がかっこいいと信じる登場人物を、どうしたら読者にこんなふうに思ってもらえるか、を考えていく。ですので、好きなものをたくさん持っている人の方が、キャラクターについて自分なりのこだわりがあるぶん、強いのではないかなと。
薬丸 いただいた三つの質問への抜本的な答えはなくて、悩んで苦しみ続けるということなのではないですかね。

オリジナリティと創作の出発点

 ――その質問に関連して、プロットに限らず、応募原稿を書き始める前に何を準備するべきか、どんなことを心がけるべきかというのはありますか? たとえばアイディアが浮かんだ時に何か準備をされるとか。いかがでしょうか。
薬丸 いい質問ですね。
辻村 池上彰さんみたい(笑)。
薬丸 それは僕が書くとしたらですよね。一番大切にしているのはオリジナリティなんです。オリジナリティって奇を衒ったものだったり、特殊なものに思われがちなんですけど、そうではなくて、オリジナリティは切り口だと思うんですよ。巷にいっぱいあるような題材でも、ちょっと違う切り口で見たら、考えたら、今までになかったようなものがあるんじゃないかと思って。一番大事にしていることです。応募作は、奇抜でなくても、切り口の新しさがあると魅力を感じますね。
辻村 たしかにミステリー作家の方と喋っていると、「新しいトリックなんてもうない。だけど見せ方が変わることでそれが新しくなるから、すべての小説は古いし、すべての小説は新しい」という考え方がある。特にミステリーはそこが強い気がしますね。
薬丸 言い古されていますけど、物語はたくさんあって、一見似ていると思われかねないけど、その中で今までのものとこれは違うとなる切り口を探すのが一番最初の仕事だと思っていて。編集者さんに構想を伝える時に(すべての作品がそうではないのですが)、2、3行あらすじを書いて、自分の中で面白いものになりそうかどうかで判断するんですよね。たとえば『Aではない君と』なら、「自分の息子が殺人事件で逮捕された父親が弁護士の代わりを務める」みたいな。
辻村 それだけでもう、ものすごく面白そう!
薬丸 話としてはその段階ではそこまでしかないんですけど、書き続けていけば面白くなるんじゃないかと、僕も編集者さんも思えるようになったら、そこで行きましょうってなるんです。でも、そうならなかったら、うーんってなりますよね……。
辻村 そういう時もあるんですか?
薬丸 ありますね。そういう時にはとりあえず保留にします。アイディアボックスと呼んでいる、アイディアの断片を入れている箱(フォルダ)がパソコンにありまして、二つ組み合わせて魅力的に思わなくても、他のピースがさらに加わったら面白くなるということもあったりしますね。
 ――辻村さんはいかがですか?
辻村 今ずっと考えていたんですけど、最近私何のために書いているんだろうと思って……。
薬丸 ええーっ!?
辻村 締め切りが来るから書いているみたいな……。
薬丸 まあ、それはありますよ。
辻村 なんだろう。これを書いてみましょうかってなる時はこういう感情について書いてみたい、ですかね。うーん、じゃあ今書いているものはそもそもなんで……。
薬丸 スタート時点では見えていないこともありますよね。
辻村 そうですね。……ちょっと今、自分と対話していました(笑)。やっぱり「これについて怒っている。理不尽だ。窮屈である」ということに端を発している気がします。喜怒哀楽でいうと「怒」から始まっている。そういう作家さんは多いと思うんですけど。
薬丸 僕もそうです。
辻村 小説はそれを自由度高く書ける表現であり続けてほしい。物語の形に託すことで伝わるものが必ずあるから。自分の今考える「怒り」や「窮屈さ」みたいなことから、象徴的なこととして、「もしこういう事件があったとしたら」と考えていく感じかな。さらに「犠牲になった人はどういう人なのか」「犯人が誰だったら一番その怒りが伝わるのか」などと考えを膨らませて組んでいくことが多いです。
 媒体によっては資料を調べることも必要ですが、正確に書かなきゃということに縛られすぎるのもよくないと思っています。ミステリーは「それじゃだめだ」という方もいて、たしかに事実と違う点を突かれることもあります。でも、多くの選考委員の方たちを見ていると「違うことはわかる。でも、これが書きたかったんだということもわかる」というところまで皆さんがきちんと読み込んだ上で判断していると感じます。正確さに萎縮するのなら、若干不正確であっても後からその補強はできるので、何が書きたいかということを明確に貫いてほしい。そこさえあるなら、現実がどうかということは調べすぎなくてもいいと私は思います。

受賞後第一作を書くことの辛さ、大切さ

 ――プロになるためには二作目の評価が大事だと思います。受賞後第一作に対する注意点はおありですか?
薬丸 それはデビューの前に考えることじゃないですね(笑)。
 でも、お答えすると、僕は正直なところ(デビュー作が)初めて書いた小説で運よく受賞できまして、そこそこ反響もありましたが、小説の右も左もわからない状況だったんですね。デビュー翌年の乱歩賞の授賞式までに二作目を出さなきゃいけないと担当編集者さんに言われていたのですが、そこまで考えていなくて……。ただ、戦略みたいなものは自分の中にはありました。受賞作と比較的テイストの近いものを最初の数本でやろうと思っていたんですよ。作品が一作しかない時点で薬丸岳なんて誰も知らないでしょうから、この作家はこういう作品を書くんだというのが五作くらいまであれば、続けたほうがいいんじゃないかなと。個人的な興味もありましたし、最初の四、五本くらいまでは犯罪被害者と加害者に関する話という括りで考えました。
辻村 次の年までに出せたんですか?
薬丸 なんとか出せましたね。
辻村 ミステリー文学新人賞や乱歩賞などの文学賞は一年に一回、次の贈呈式がある。過去の受賞作家がそこに集まって見守ってくれている雰囲気があるの、とても羨ましいです。
薬丸 だからこそ厳しい部分もありますよね。それができなかったり、しばらく本を出していなかったりすると授賞式に出づらい。授賞式の二次会、三次会で歴代受賞者が新人賞受賞者に声をかけるシーンがあるんですけど、できれば毎年授賞式に来られるようにがんばってくださいと声をかけます。
辻村 そういうところもシビアでいいなと思いますけど。
薬丸 もうひとつ、乱歩賞はすごいといわれる賞ですけど、正直言って、賞自体はすごくはないんですよ。
辻村 え!? どういう意味ですか?
薬丸 乱歩賞を受賞した先輩作家がその後活躍しているから乱歩賞はすごいわけであって、受賞者がその時点ですごいというわけではない。そこを勘違いしてしまう方も多いので……。
辻村 賞出身の作家さんだと、私は池井戸潤さんと乱歩賞の選考委員をご一緒したんですけど、その後、池井戸さんと薬丸さんが乱歩賞についての対談(「小説現代」の乱歩特集)をされているのを読んで、ぐっときたんですよ。自分が出身の賞だからこその愛情や思い入れがお二人ともあることが伝わってきて。だからこそ同じ賞から出てくる人のことは厳しい目でも見る。そうやって続いてきているのがいいなと思います。
薬丸 作家の世界はある部分で先輩後輩がそれぞれギラギラ戦わなければいけないですけどね。
辻村 私が選考をしていた時にデビューした呉(勝浩)さんが、薬丸さんにいつの間にか懐いていて(笑)。「(『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』は)薬丸さんに推協賞で読ませるものじゃなかったなって思ってて!」ってすごく嬉しそうに話していたり。(呉勝浩氏の同作品は日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門候補作。呉氏はその後、『スワン』で同賞受賞。ともに選考委員の一人が薬丸氏だった)
薬丸 そのうち、「けっ、薬丸なんて」って言ってますよ(笑)。
辻村 いやいや。その慕いっぷりを見てすごくいいなと思って。だから、薬丸さんが先輩然としていてくれると、彼のデビューに立ち合った者としてはありがたい。
 ――辻村さんの二作目はいかがでしたか?
辻村 小説を書いていた時に一番しんどかったのが二作目を書いていた時なんです。デビュー作は無駄があってもいいし、デビューしたい、作家になりたいという一念があるから、そこがゴールになったんですね。けれど、次の作品の話となった時に「あ、続くんだ」という気持ちに。今考えると当たり前なんですけど(笑)。デビュー前ほどのがむしゃらさはもうないし、どちらを向いて書けばいいのか一瞬わからなくなってしまったんです。皆が納得してくれるものを売り物として書かなければと思ったんですが、それだとなかなか進めない。だから、つまらないと言われてもいいから、自分が面白いと思うものをとりあえず書き切ろうと思って。迷いもあったのですが、書き終えた後、当時の編集者に「自分が面白いと思ったからいいという気持ちで書いた」と言ったら、「それでいいんですよ。作家というのは自分の心の中にいるたった一人の読者のために書けばいいんです」って言われて、その言葉は今も指針になっています。信頼できる読者と思える存在を、自分の心の中に持てたことで、誰かに何を言われても動じずに今日まで続けてこられたと。
 ――自分でなくて、自分の中にいる読者ということですね。
辻村 そうなんです。私の場合は中学二年の時の自分かな? と思っています。中学生や高校生とか、10代の時の読者って不遜じゃないですか。
 ――たしかに。生意気な読者ですよね。
辻村 大好きな作家さんの作品を読んでも「ちょっとマンネリ化している」みたいな。そんな自分がいかに不遜だったかをよく覚えているので、(自分の中の)その子に「大人になってそんなの書くようになっちゃったんだ」って言われたらおしまいだって思いながら生きています。その子が喜んでくれたらいいなと思いながら書いたり。
 ――それは今でも変わらず?
辻村 そうですね。大人向けと言われる小説も「大人のくせにやるじゃん」って言われたら嬉しい。やっぱり「売れたい」「広く響くものを書こう」と漠然と大きいことを望むとぶれてくることはどうしてもあると思う。初期衝動ってどうしても薄れてきてしまうものではあると思うんですが、それでもそこを見失わないでいたら多分二作目以降も書けるんだろうなと。
薬丸 二作目って重要ですよね。
辻村 二作目が出せたことでようやく肩の荷が下りて、「絶対にミステリーを書かなきゃ」とか「読みごたえのあるものを」という思いから自由になって、「次は軽いものを書こう」と思ったところから書くのが楽しくなりました。
 ――ある種の呪縛が解けたというか。
辻村 シュートを決めるぞって思っていると入らなくて、気が抜けたところで打つとあっさり決まったりするような、そんな感じです。それも二作目を思い切って書けたおかげかなと思って。先ほど、もしデビューしていなかったら今もずっとデビュー作を直し続けていたと思うと言いましたけど、本当にその通りなんです。デビューしたり、しんどいと思っていたものを書き上げたからその先があって、視野が開ける。今この一作しかプロットを持っていないと思う人も、そこを通ったら、絶対その次も書けるような景色が見えてきます。
薬丸 ただ、何度も言うように、二作目については今考えることではないかな(笑)。

デビューを目指すあなたへのメッセージ

 ――ありがとうございます。それではそろそろお時間も迫ってまいりました。応募される方にエールをいただけたらありがたいです。
辻村 楽しみにしています。ミステリーの選考会の楽しみは、必ず物語の最後に何か真相が待っていると信じて読めることです。驚きと「ここを読んでほしい」というものが伝わる原稿を送っていただけたら嬉しいなと思います。
薬丸 ミステリーの新人賞の選考は初めてなのですごく楽しみにしています。自分が「ヤバいな」って思える作品や作者にぜひとも出会いたいですね。「この人は本当は落としたい」と思っても、きちんと作品を公平に判断しますので(笑)。
 なぜ作家が選考委員をやっているのか考えてみたんです。商売敵を自分で作ることになるのに。それは選考委員の作家もどんどん新しい才能が出てこないと、この分野そのものが衰退していくと感じているからだと思うんです。「マジでヤベえな」という人に出てきてほしいですね。
辻村 皆さんが応募する時に、たとえば、「薬丸さんの小説が好きだから、ぜひ薬丸さんに読んでほしい」という気持ちがモチベーションになることもあるかと思います。実際に新人を送り出すと、選考委員はその人をすごく意識するんです。活躍してくれたら本当に自分のことのように嬉しい。全力で読むし、その後も見守っていきたいな、と思っているので、どうぞよろしくお願いいたします。

◎つじむら みづき 1980 年山梨県生まれ。2004 年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。’11 年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、’12 年『鍵のない夢を見る』で直木賞、’18 年『かがみの孤城』で本屋大賞を受賞。近著に『ツナグ 想い人の心得』など。

◎やくまる がく 1969 年兵庫県生まれ。2005 年『天使のナイフ』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。主人公の刑事・夏目信人はその後もシリーズ作で登場。’16 年『A ではない君と』で吉川英治文学新人賞、’17 年「黄昏」で日本推理作家協会賞短編部門を受賞。近著に『告解』など。

この対談は「ジャーロ」(光文社刊 電子雑誌)2021年3月号(75号)に掲載したものです。
撮影/石田純子
2020年12月21日 光文社にて収録。
※記事内、作家志望者の方からのご質問は、講談社文芸サイト「tree」を通じて、2020年11月23日~ 12月11日の期間に募りました。

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